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カウンターテナー藤木大地 美しい「裏声」の世界戦略

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NIKKEI STYLE

女声に相当する高音域を歌うカウンターテナーの藤木大地さん(37)が4月、オーストリアのウィーン国立歌劇場にデビューした。カウンターテナーのソロとしては日本人初の快挙だ。同時に初のCDアルバムも出した。歌に新たな命を吹き込む美しい裏声の世界戦略を聞いた。

まずは今回の映像で藤木さんの声を聴いてほしい。「裏声です。ファルセットです」。地声が意外に低いのを指摘すると、彼は歌声としての自らの裏声を説明し始めた。「コンサートの最後で初めてマイクを握って地声でしゃべると笑いが起こる」とお客さんの反応について語る。「コンサートの途中ではしゃべらないようにしている」とも言う。歌声とは異なる地声でしゃべると「声を出す場所が変わってしまう」ため、歌唱への影響を避ける必要があるのだ。

テノールから高音域のカウンターテナーへ転向

元はテノールだった。男声の中高音域だ。東京芸術大学声楽科を卒業後、2003年に新国立劇場からデビューし、30歳までテノールとして歌っていたという。地声はもちろんテノールのままだが、今はもう「テノールでは歌わない」と話す。なぜカウンターテナーに転向したのかと聞くと、「それはもういいかな。もうすごくしゃべっているので」とうんざりした様子だ。様々な資料によると、風邪をひいたときに裏声で歌うのを試したら、思いのほかうまく歌えたという経験がきっかけのようだ。何かにつけて聞かれるのだろう。それだけ裏声の高音で歌う男性歌手がいまだに珍しがられる証拠だ。

カウンターテナーを珍しがったり特別視したりすると、藤木さんは「先入観だ」と言って異議を唱える。カウンターテナーはどんな存在なのか。愚問と思われようとも声楽の素人を代表してまず聞いてみた。

――カウンターテナーで歌う意義は何か。

「意義と言われてもどうかな。例えば逆にソプラノの人にソプラノとして歌う意義はあるかと聞くだろうか。僕は聞かないと思う。バリトンとして歌う意義はあるかと聞くか。僕は聞かない。(そういう質問自体が)カウンターテナーをまだ特殊な分野と捉える風潮を端的に表している。僕は声楽という芸術において、カウンターテナーをソプラノやバリトンと同列の楽器の種類の一つと思っている。特別のことをしている意識はない」

――カウンターテナーのために書かれた楽曲は。

「カストラート(少年期の高い声を保つために去勢した男性歌手)が活躍した時代に書かれたオペラが存在する。その後カストラートが禁止され、高音域の男声の役を使うオペラが無くなった時代がある。しかし20世紀に入り、英国の作曲家ベンジャミン・ブリテン(1913~76年)が『真夏の夜の夢』というオペラで妖精の王オベロンという主役のパートをカウンターテナーのアルフレッド・デラーのために書いた。その頃から作曲家は再びカウンターテナーのための役を持つオペラを書き始めた」

――現代オペラではどんな作品があるか。

「例えば、僕が4月にウィーン国立歌劇場にデビューしたときのオペラ『メデア』だ。ドイツの作曲家アリベルト・ライマンさんの作品で、彼はいま81歳だ。もっと若い世代では、ブリテンの再来といわれる英国の40代の作曲家トーマス・アデスさんがいる。現代の作曲家はカウンターテナーのためにオペラを書いている」

――歌曲についてはどうか。

「シューベルトの連作歌曲集『美しき水車小屋の娘』はテノール、『冬の旅』はバリトンなど、声種が決まっているイメージが強い。だが僕はそうした歌曲をあえてリサイタルで取り上げている。わざわざカウンターテナーで歌うという意識はない。その曲が好きで、その世界を表現したいと思うから歌うのであって、やはりそこに声種は介在していない。自分の声でこの曲を歌いたいというシンプルな理由で選曲し歌っている。歌曲は割と原曲を移調して歌ってもいいことになっている。同じ歌曲集でも高・中・低音域の異なるいくつかの楽譜が用意されている場合も多い」

ウィーン国立歌劇場とソリスト契約しデビュー

――どれだけ高いキーで歌うのか。1オクターブは高いのか。

「1オクターブも高ければ、低いドを高いドに変えるだけで済むので、別の楽譜を使う必要はない。そうではなくて、例えばテノールがいちばん高い音として『ソ』を歌ったとしたら、その上の『レ』になっているくらいの高さだ」

――カウンターテナーはまだ特別扱いなのか。

「特に日本で特別な感じで見られがちだ。外国ではカウンターテナーの人気スターが増えているし、マーケットも盛り上がり、(カウンターテナーが登場する)バロックオペラも盛んに上演されている。そんな世界のトレンドにまだ日本は追い付いていない」

「先入観はいろんなことを邪魔する。コンクールに挑戦していた頃、ある募集要項に『ソプラノ、メゾソプラノ、アルト、テノール、バリトン、バス』とあり、『カウンターテナーは募集要項に載ってないから受けられない』と言われた。そこで『男性アルトとして受けてもいいですか』と頼んだ。そんなことが日本ではつい5年前に起きていた。次の年から募集要項にカウンターテナーが入り、その審査員も入った。先入観を変えていくのが僕の使命だ。その意味で2012年の第81回日本音楽コンクールで僕がカウンターテナーとして初優勝したのは重要な出来事だったと思う」

日本音楽コンクール声楽部門で第1位になった後、13年に伊ボローニャ歌劇場において前古典派作曲家グルックのオペラ「クレリアの勝利」のマンニオ役でデビューした。同年には日本でもライマンさんのオペラ「リア王」でエドガー役を演じた。カウンターテナーの出番があるオペラはバロックと前古典派、それに現代作品にほぼ限られる。カストラートが禁止される以前とカウンターテナーが台頭して以後のオペラだ。しかし日本ではカウンターテナーの空白期に当たるロマン派のオペラが盛んに上演される傾向にある。ヴェルディ、プッチーニ、ワーグナー、リヒャルト・シュトラウスらの作品に相変わらず人気が集中しがちだ。

しかし欧州では今、カウンターテナーが登場するバロックオペラや現代オペラがトレンドであり、人気が急上昇していると藤木さんは主張する。こうした中で藤木さんが日本人として初めてウィーン国立歌劇場とソリスト契約しデビューしたインパクトは大きい。ようやく日本でもカウンターテナーの存在が認識され、評価される傾向が出てきたからだ。藤木さんの歌手としての可能性は世界を舞台に大きく広がった。

ただ、カウンターテナーの演目は少ないだけに、役を巡っての国際競争は激しく厳しい。藤木さんはこれまでカバー歌手(出演歌手の不測の事態に備える待機代役)を務めてきた。ウィーン国立歌劇場とソリスト契約を結んでからも、少しでも出番の機会を増やすために積極的にカバー歌手も引き受ける構えだ。それでも夢は実現し、チャンスは広がった。ウィーンでのデビューについて聞いた。

――ウィーン国立歌劇場の舞台に立った感想は。

「夢がかなってうれしかった。ライマンさんのオペラ『メデア』のヘロルド役で出演した。終演後、(同歌劇場の)ドミニク・マイヤー総裁もカーテン裏に来て僕をハグし、『スーパーデビューだったよ、ダイチ』と言ってくれた。お客さんの反応もすごく良かったし、成功したと思っている。僕は13年にボローニャ歌劇場で欧州デビューをしたが、第一線のウィーン国立歌劇場で歌えたのは初めてだったので、やっと国際的なオペラマーケットの中でスタートラインに立てた」

「死んだ男の残したものは」の厳粛で力強い歌

――ウィーンデビューに至るまでの過程は。

「ボローニャでデビューした頃、ウィーン国立歌劇場のオーディションを受けた。すごく良く歌えていたと褒められた。しかしウィーン国立歌劇場では年間50演目以上も上演する中で『カウンターテナーが出る演目がない』と言われた。ところが1カ月後に連絡が来て、実は2015年にトーマス・アデス作曲のオペラ『テンペスト』を上演するとのことだった。配役は既に決まっていたので、再びオーディションを受けてカバー歌手をやらないかと言われた。そのときのオーディションにはマイヤー総裁がいて、なぜか(世界三大テノールの一人の)プラシド・ドミンゴさんもいた。びびっても仕方ないので、いつも通りに歌ったら合格した。そしてゲスト契約を結び、『テンペスト』のカバー歌手を2シーズン務めたのが始まりだ。その2シーズン目で『メデア』のオーディションに合格し今春のデビューにつながった」

――ウィーンでの今後の予定は。

「来シーズンには新制作のヘンデルのオペラ『アリオダンテ』が上演される。既に配役が決まっていたが、オーディションなしでいいからカバー歌手をやらないかと言われた。一般に考えれば、デビューした歌劇場でまたカバー歌手をやるのかと思われるかもしれない。だが『アリオダンテ』は指揮がウィリアム・クリスティーさんで、演出はデビッド・マクビカーさんという途方もない話題作だ。そこに関われるのならば自分の向上のためにも絶対にやるべきだと考えて引き受けた」

オペラの殿堂、ウィーン国立歌劇場にデビューしてからも藤木さんの挑戦は続く。カウンターテナーの歌手寿命は短いといわれる。今年37歳の藤木さんにとって一日一日が歌に生きるかけがえのない時間となる。こうした中で、激しい競争を忘れるような美しい歌の花束が贈り届けられた。デビューCD「死んだ男の残したものは」(発売元 キングインターナショナル)である。日本の歌を中心に、アイルランドやスコットランドの民謡も加えて計16曲を収めている。

CDのタイトルは谷川俊太郎さんの詩の題名から採った。1965年に「ベトナムの平和を願う市民の集会」のために書かれた作品で、武満徹が作曲した。CDには15曲目に収めている。アルバムの特徴としてピアノ伴奏の原曲だけでなく、ギターやハープによる伴奏に編曲した歌も収録している。ピアニストの松本和将さんと加藤昌則さんに加え、ギタリストの福田進一さんと大萩康司さん、ハープ奏者の西山まりえさんがレコーディングに参加した。藤木さんの声質と相まって独自のアレンジが独特の世界を生んでいる。

特に印象に残るのはやはり武満徹作曲の「小さな空」と「死んだ男の残したものは」だ。武満作品は藤木さんにとって特別の意味を持つ。日本音楽コンクールで1曲義務付けられた日本歌曲として「小さな空」を歌って優勝したからだ。反戦歌といえる「死んだ男の残したものは」の歌唱ぶりには衝撃を受ける。主語が「死んだ兵士」になる歌の4番では、曲調が軍隊行進曲風になるのだが、藤木さんの声量も上がり、力強い歌声になる。エディット・ピアフを思わせる歌いっぷりは、シャンソンを愛した武満徹の作品にふさわしい。高音の裏声が厳粛に抗議のメッセージを発する。

自分の体から自然な声が出てくるのが良い発声法

今回インタビューしたキングレコードのキング関口台スタジオ(東京・文京)は、CDレコーディングの場所でもある。映像では、CDに収めた「宵待草(よいまちぐさ)」(竹久夢二作詞、多忠亮作曲)を藤木さんが歌っている。CDでは大萩康司さんの編曲で福田進一さんがギター伴奏しているが、映像では原曲通りのピアノ伴奏。CD制作を担当したキングインターナショナル企画営業部宣伝グループ長の本杉美緒さんがピアノを弾いている。「藤木さんの歌は詩の内容がはっきり分かる。情景や意味をかみしめて歌うので、心打たれる瞬間が何度もあった」と本杉さんはレコーディングを振り返る。CDについて藤木さんに聞いた。

――デビューCDのコンセプトは。

「日本の歌を多く入れようと思った。ウィーン国立歌劇場にデビューするタイミングだったので、ウィーンでも売られるCDには日本人歌手として日本の歌を入れるべきだと考えた。このほかにリサイタルで歌ってきたブリテン編曲のアイルランドやスコットランドの民謡も収めた。独自性の高い内容にしたかったから、ギター伴奏やハープ伴奏を取り入れ、これまで共演してきた素晴らしい演奏家に参加してもらった」

――CD収録曲をどう選んだのか。

「ずっと歌ってきた曲やこだわりのある曲だ。例えばヘンデルの『オンブラ・マイ・フ』は僕がテノールからカウンターテナーに変わろうとした時期に裏声でちゃんと歌えた唯一の曲だ。『死んだ男の残したものは』は武満徹没後20周年をテーマにしたテレビ番組に出演した際に歌った。そこに(武満徹の娘の)武満真樹さんと谷川俊太郎さんも来ていて、2人からこれからも歌ってほしいと励まされた。その瞬間、僕にとって大事な歌になったので、CDのタイトルにもした」

藤木さんはCDアルバムを作ろうと思い立ってレコード各社を回ったが、どこからも断られたという。その後、唯一引き受けてくれたのが、東京芸大で共に学生時代を過ごしたキングインターナショナルの本杉さんだった。「自分の体から自然な声が出てきて、お客さんがあの人の声だと分かってくれるのが良い発声法だ」と語る藤木さん。CDの歌声も自然体だ。CDの最後は岩井俊二さん作詞、菅野よう子さん作曲の「花は咲く」で締めくくっている。自ら信じる歌声で世界に花を咲かせようと日々挑む彼の勇姿が浮かび上がる。歌心への誇りを胸に、「世界のダイチ」は男の美学を貫く。

(映像報道部シニア・エディター 池上輝彦)

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