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「管理職はイヤ」は通用する? 現場大好き社員のワナ 20代から考える出世戦略(15)

2017/8/29

PIXTA

 「課長になりたくありません。だから出世しなくてもいいです」

 そんな意見も今や一般的です。でもちょっと待ってください。そもそも誰が管理職の方が偉いなんて決めたのでしょう。

 実は最近の人事の仕組みからいえば、出世=管理職になる、ということではなくなりつつあります。プレーヤーのままでも出世できる会社が増えています。

 ただしそれには条件があります。

■夢はノーベル賞です、という気鋭の社員

 「最先端の研究を会社のお金でさせてくれるというからこの会社を選んだわけです。もし管理職になんてなったら、社内調整や書類整理とか雑事で研究ができなくなるでしょう。だから絶対に昇進なんてしません」

 かたくなに昇進を拒否する研究開発部門の気鋭の中堅社員に、困り果てた役員から相談を受けたのは、残暑の頃でした。なんとか彼に管理職昇進試験を受けるように説得してほしいとのことでしたが、コンサルタントは経営層のお悩み相談センターではありません。当初は丁重にお断りしていたのですが、それだけ尖った人材なら会って話を聞いてみたいと思いました。そして本当に優秀な人物なら、そのための人事制度も変えるべきではないかとも思って、会わせていただくことになりました。

 役員を通じての面会ですから、もちろん最初は警戒心でいっぱいです。そして口を開くや否や前記の言葉。昇進を勧められすぎて、かたくなさを増しているようにも思えました。そこで別に昇進を進めに来たわけではないということを伝え、おまけに役員のモノマネもして笑いを取った上で、どんな将来キャリアを描いているのかを尋ねてみました。

 「あこがれは山中伸弥教授です。ジャンルは違えども、研究成果で歴史に貢献したい。そして僕もノーベル賞をとりたい。だからこそ金にならない研究がしたいんです。この会社なら、それだけの懐があると思って入ってきました。それでいいって今までは言ってくれてたはずです。なのに今年になって管理職になれとか意味がわからないです」

 山中教授があこがれというのはわかります。でもその理由は研究者だから?

 「そうです。研究に人生を捧げようとしている姿に感動します」

 でも……山中教授は管理職ですよ? iPS細胞研究所の所長ですが。

 「……え?」

 iPS細胞研究所のホームページを見てみると、組織図にのっています。所長であることに加えて、未来生命科学開拓部門の部門長でもいらっしゃるみたいですね。

 「いや、それはだって実績を認められて好きなことを仕事にして、それでそのために研究所ができたわけだから……」

 でも管理職として、たしか200名以上の研究員を束ねる組織のトップですよ。もしかして、研究者であることと、管理職であることとが両立しないと思ってますか?

 「……両立しない……でしょう?」

 さてどうでしょうね。

■プレーヤーの反対語はマネジャーなのか

 研究開発などの職種に限らず、プレーヤーであり続けることを願う人は決して少なくありません。営業職でも、事務職でも、企画職でも、現場での仕事が一番楽しいという意見に私も賛成します。人事制度設計のためにこつこつと報酬の分析をしたり、評価基準の統計処理をしたりしていると、没頭しすぎて時間がすぎるのがとても速く感じます。

 さて、ではプレーヤーであることと、マネジャーであることは対立するのでしょうか。

 会社の人事運用の中では、ある一定の役職以上を管理職として定義して、組織のマネジメントを役割とします。課長とか部長とかが典型的な役割の名称です。それまでの仕事をプレーヤーと称し、管理職をマネジャーと称したりします。

 マネジャーになるとそれまでのプレーヤーとしての仕事を卒業し、他のプレーヤーたちを部下として、マネジメントしなくてはいけない、と言われることが多いようです。営業先に行ってお客さんと話すのが好きだけれど、マネジャーになったから会社にいて、営業スタッフからの報告を待たなければいけない。そしてその結果をとりまとめて、部門会議に出席して報告しなければいけない。マネジャーはなんてつまらない仕事なんだ、という印象を持ってしまうのもあながち間違いではないのかもしれません。

 さらに、マネジャーになっているにもかかわらず、個人としての営業先を持ち続けたり、事務の担当職務を持ち続けたりする人を、プレーイングマネジャーということがあります。その言葉には、まだプレーイングしてしまっている残念な人、というニュアンスが込められていたりもします。

 そしてマネジャーになったのにいつまでもプレーヤーとしての作業があるから仕事が終わらない。だからマネジャーになったら残業代が出ないのに仕事は増えて大変だ、という意見もあります。

 マネジャーとしてプレーヤーの仕事をとりあげられるのも苦痛だし、プレーヤーをしながらマネジャーをさせられるのも苦痛。だからマネジャーになるなんてありえない、と考えることもあながち無視できない意見です。

 しかし、このような意見は、マネジメントを誤解しているように思うのです。

■マネジメントとは作業管理のことではない

 そもそもマネジメントとはなんなのでしょう?

 部下を管理して指示命令をすること?

 いえいえ。そんなことはマネジメントではありません。

 マネジメントとは経営そのものを指す言葉です。そして経営とは、ゴールを達成するために組織に使命を与え、役割を与え、鼓舞し、支援するすべての活動に他なりません。それらの活動は組織を構成する人々に対して、動きだし、活躍し続けるための力を与えることです。そのような一連の行為の事を、学術的にはエンパワーメントと定義します。セレクションアンドバリエーションでは、エンパワーメントを「3段階の直接的ステップ」「コミュニケーションによる支援」「相手に対する敬意と信頼」に区分して定義しています。

 エンパワーメントこそがマネジメントの本質であると理解すれば、マネジャーであることとプレーヤーであることが対立しないことがわかります。

 プレーヤーであるということは、個人の活動で価値を生み出すことです。しかし、個人で生み出す価値をさらに大きくしたいとすれば、複数の人たちでそれらの活動を行うことが必要です。そのためには、共通のゴールを持ち、それぞれが互いの状況を理解し、最適な目標や行動として具体化する、エンパワーメントこそが有効です。そして、プレーヤーとして個人としての価値を生み出しながら、エンパワーメントにより組織としての価値を生み出していくことは同時に進めることができるのです。いや、むしろプレーヤーであり、エンパワーメントもするからこそ、より大きな価値を生み出せるのではないでしょうか。

 山中教授だって、自分自身の研究を進めながらも、他の研究者への研究テーマを与え、研究課程そのものを支援することで、個人として生み出せる以上の価値を生み出しているはずです。それらは確かにマネジメントですが、決してプレーヤーであることの否定ではないのです。

■エンパワーメント・プレーヤーという選択肢

 とはいえ多くの企業組織では、管理職=管理をする人という定義で行動させることが多いのは事実です。残念ながら古い時代のロジックでは、管理職はプレーイングしてはいけないものとして定義する場合があります。しかしそれらは、なんだかよくわからない新卒として企業に入り、会社の求めに従って営業でも総務でも製造でもなんでもやってきた、古き時代のメンバーシップ型企業のゼネラリストという遺物です。

 現在求められるのは、明確な専門性を持つプロフェッショナルです。そしてプロフェッショナルはいつまでの自分自身のプレーヤーとしてのスキルや行動を発揮しつづけるものです。プレーヤーとして活躍し、さらに、個人では成し遂げられない大きなことを組織の力で達成してゆく。それこそがエンパワーメントであり、マネジメントの本質なのです。

 そのように理解してみれば、エンパワーメントしながらプレーヤーでもあり続ける、エンパワーメント・プレーヤーというキャリアこそが私たちが目指すべきものではないでしょうか。

平康慶浩
 セレクションアンドバリエーション代表取締役、人事コンサルタント。1969年大阪生まれ。早稲田大学大学院ファイナンス研究科MBA取得。アクセンチュア、日本総合研究所をへて、2012年から現職。大企業から中小企業まで130社以上の人事評価制度改革に携わる。大阪市特別参与(人事)。

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