日経Gooday

2017/9/1

介護に備える

3560人の「震災前」の社会的結びつきのデータがあるので、それを基準にまず、震災後に「社会的結びつきが悪化した人」と「改善した人」に分けた。図1を参照してほしい。これが今回発表された研究結果だ。縦軸は震災前と後の「認知症度」(後述する8段階)の変化(震災後マイナス震災前)で、横軸は住宅被害の程度(被害なし~全壊)、赤線は震災後に社会的な結びつきが弱くなった人、青線は震災後に社会的な結びつきが改善した人の結果を示している(住宅被害がない人でも平均して1点程度は認知症度の得点が増加している)。

認知症度の変化は、認知症自立度(8段階)の震災後の得点から震災前の得点を引いたもの。震災前に比べて社会的結びつきが改善した人は、認知症度の悪化が抑制されている(引地氏提供のグラフを編集部が改変 ※グラフはわかりやすさを考慮して単純化している)

「認知症度」を測る尺度には、介護保険データの認知症自立度(1:症状なし~8:専門医療を必要とする状態の8レベルで重症度を判定)を使用、「社会的な結びつき」を測定する尺度としては、友人や知り合いに会う頻度(1: 会っていない~6: 週4回以上)、1カ月の間に会った友人・知人の人数(1: いない~5: 10人以上)、スポーツクラブに参加する頻度、趣味の会に参加する頻度(ともに、1: 参加していない~6: 週4回以上)などを尋ね、これらの平均値を算出した(最大で約6点)。

図1から分かるように、震災前に比べて社会的な結びつきが弱く、かつ住宅被害が大きい人は、認知症度の悪化が顕著だったのに対し、震災後に社会的な結びつきが改善した人は、住宅被害が大きくても認知症度の悪化が抑制されていることが示された。

「解析結果から、震災前後を通して社会的結びつきを完全に喪失した人は、住宅被害による認知症度得点が約0.24点増加したと推計され、それを脳卒中の発症(0.16点)やうつ症状の発症(0.10点)と比較すれば、社会的結びつきの喪失と住宅被害の相乗効果はより大きいということになります」と引地氏は説明する。

「この研究から、住宅の損壊を経験しても、震災前に比べ社会的結びつきが改善した人は、認知機能に及ぼす影響が小さいことが示されました。震災前に行われていた地域の防災活動や、震災後に仮設住宅で催された住民同士の交流を促すイベントなどを通して社会的結びつきが強まり、それによって認知機能の悪化が抑えられたと考えられます」(引地氏)

被災地に限らず、「社会的な結びつき」は有効

実は引地氏は、JAGESプロジェクトの一環で、この研究よりも前に、愛知県武豊町でも社会的結びつきと認知症の関係について調べている。

武豊町では2007年5月から、高齢者の介護予防を目的とした「憩いのサロン」の事業が進んでいる。このサロンでは、高齢者が、軽い体操、おしゃべり、すごろくなどのゲーム、幼稚園児との交流といった様々なプログラムに参加することができる。2013年までに町内に10カ所のサロンが設置されている。

そこで引地氏らは、「憩いのサロン」に参加することが認知症の発症を予防するかどうかを探るべく、武豊町の高齢者約2600人を2006年から2013年の7年間追跡した。サロンに来ている人と来ていない人で、認知機能の低下のスピードが違うのではないかという視点である。

その結果、加齢によって認知症発症のリスクは高まるものの、サロンに多く参加した人は認知症の発症リスクが3割減になることが判明(図2)。「地域で高齢者の社会的結びつきを促す交流の機会づくり・社会参加が、認知症予防に有効」ということが示唆された。

(引地氏提供のグラフを編集部が改変)

そして、今回の宮城県岩沼市における研究結果によって、認知症を予防、抑制するうえでの「社会的結びつき」の大切さが、被災地でも確かめられた形だ。

「今回の研究で、住宅を失うほどの大きな被災を経験した人であっても、社会的な結びつきを改善することで、認知機能の悪化を抑制し得ることが示唆されました。震災の被災地では、被災者の社会的な交流を促す様々な取り組みが進められてきましたが、愛知県武豊町で実践されているようなサロン活動は、震災の被災地でも、認知症の発症を予防する取り組みとして有効である可能性があります」と引地氏は話す。

引地博之さん
 ハーバード大学公衆衛生大学院リサーチ・フェロー。東北大学大学院文学研究科(心理学)にて博士号取得後、日本福祉大学健康社会研究センター主任研究員、千葉大学予防医学センター特任助教を経て現職。東日本大震災被災地での健康調査研究に従事するとともに、愛知県武豊町で実施している介護予防を目的とした「憩いのサロン」プロジェクトの評価研究にも携わっている。

(ライター 金沢明)