勝利呼ぶカツカレー、験担ぎにあらず 森内俊之さん食の履歴書

1970年神奈川県生まれ、46歳。87年プロデビュー。名人を通算8期獲得。永世名人の資格をもつ。タイトル獲得12期。著書に「覆す力」他。日本将棋連盟専務理事。 吉川秀樹撮影
1970年神奈川県生まれ、46歳。87年プロデビュー。名人を通算8期獲得。永世名人の資格をもつ。タイトル獲得12期。著書に「覆す力」他。日本将棋連盟専務理事。 吉川秀樹撮影

普段の対局から幾度と戦った名人戦など大舞台まで、食事によくカレーライスを注文する。なかでもカツカレーの時は勝つ。将棋ファンの間ではいつしかそう言われるまでになった。だが、カレーを選ぶのは験担ぎではなく、勝負に徹した合理的な理由からだった。

母のカツ丼かき込んで将棋教室へ

小学3年生の頃、土曜日の昼食といえば母のカツ丼だった。丼いっぱいのご飯に卵でとじたとんかつが載ったボリューム満点の一品。だが、将棋教室に「一刻も早くたどり着きたくて」電車に間に合うようにかき込んだ。だから、味はあまり覚えていない。

「今思えば、勝つようにと験を担いでカツ丼だったんでしょうね」。横浜から東京・千駄ケ谷の将棋会館まで毎週土曜日、片道1時間、一人で通った。午後2時から夜の7時ごろまで指導を受ける。

教室に行けば同世代の子どもたちがいた。帰りに、友達のお父さんに立ち食いそば屋に連れていってもらったり、ファストフード店でハンバーガーを食べたり。普段できない体験にどきどきした。

ファミレスで息抜き、仲間と夢共有

とにかく将棋が楽しくて時間があれば将棋道場をめぐり、強い相手を見つけて指すのが喜びだった。将棋を始めて1年半、アマチュアの初段に。棋士の道を意識するようになったころ、デパートで開かれた小学生大会で、ある少年と対戦。小柄で赤い野球帽をかぶっている。見かけたことはあったが指すのは初めて。「体も小さいし、自分の方が強いかな」。ところが予想に反して「力強い将棋で圧倒された」。勝ったが「すごい子がいるな」と印象に残った。同い年の羽生善治だった。

3日後、同じ大会の準決勝で羽生とぶつかった。短期間でしっかり対策を練られていて負かされた。「こんな強い相手に負けないよう努力していこうと思ったし、プロをめざす意識も強まった」。6年生で日本将棋連盟のプロ棋士養成機関「奨励会」に入会する。同期には羽生もいた。

月に2回の対局日があり、終わると何人かで連れ立って代々木のファミリーレストランに寄る。注文するのは大抵ハンバーグ。ジャンケンで負けた人が会計を持つ。みな勝負師の卵だから血が騒ぐ。それぞれのジャンケンの癖を読み取り、ほぼ負けなかった。

さっきまで敵として戦っていた相手でも、ひとたび盤を離れれば同じ夢を目指す同志だ。「若くして一つの道を選び、学校の友達とは違うことをやっているという感覚があった。楽しさも苦しさも悩みも共有できる仲間で、ほっとする時間でしたね」。16歳でプロに、31歳で名人位についた。通算8期の名人位を獲得。羽生とは名人戦で何度も戦い、ライバルとして名勝負を繰り広げていく。

カレー 手早く食べて勝負に集中

そんな森内の「勝負飯」としてファンの中で注目されるようになったのが、タイトル戦の食事でたびたび頼むカレーライスだ。ビーフカレー、シーフードカレーと様々だが、カツカレーを食べると勝つと言われるように。13年、羽生を挑戦者に迎えた名人戦の第5局でもエビカツのカレーを注文。「28センチほどありそうなエビであまりにおいしいので2日連続で頼んだ」。この対局に勝ち、防衛を果たす。

同年の竜王戦でも全5局のうち、3局でカツカレーを頼み、10年ぶりに竜王に返り咲いた。森内といえばカレーと言われ、ファンとカレーライスを食べるイベントもある。

もともとカレーは好きだがタイトル戦で頼むのには理由がある。「カレーにはまずいということはないですし、特にタイトル戦では2日目の昼になると局面が切迫している。手早く食べて一休みできるので」。将棋に集中するための食事がカレーだった。好みはごくごく普通の和風カレー。辛すぎず、甘すぎず中辛くらい。

「勝負飯」の験は担がないが、万全のコンディションで臨むため、食事や飲み物には気をつける。和服は食べ過ぎると帯がきつく感じる。「冷たいものは控え、温かい飲み物を飲むようにしている」。

極限まで頭脳を酷使するプロの対局では1局で数キロ痩せる棋士もいるが、対局中の食事はしっかりとる。若い時は盤面のことを考え食事に集中できないこともあったが「だんだんうまく気持ちを切り替えられるようになった」。

今年から、名人戦の予選に出場しないことを決めた。「引退されたと思われているみたいですが、他の棋戦は出続ける。若手を倒してアピールしたい」と情熱は衰えていない。29連勝記録を樹立した中学生棋士、藤井聡太四段とも9月に対戦が決まっている。

熱々 特製タレ絡む豚肉

「ぎっちょん」(東京・渋谷)の「じゅうじゅう焼き」

昼食によく訪れるのが東京都渋谷区の「ぎっちょん」(電話03・3402・3164)。千駄ケ谷の将棋会館から近いので、月に1、2回は足を運ぶ。お気に入りは「じゅうじゅう焼き」。千葉県産のコクのある豚肩ロースに、特製のタレを絡めた看板メニューだ。「肉が好きなので、元気をつけたい時によく行っている」という。

ニンニクやショウガ、赤ワインなどを加えたしょうゆベースのタレが豚肉のうまみを引き立てる。鉄板に敷かれたキャベツとの相性も抜群。しっかりとした味付けでごはんが進む。肉の量は3種類から選べ、90グラムで750円。150グラムで970円。ハンバーグ(180グラムで960円)を注文することも多い。隠し味にワサビを利かせた大根おろしが添えられ、さっぱり食べられる。ランチは平日のみ。

最後の晩餐

妻のイカ焼き定食ですかね。私はイカを使った料理が好きなので、よく作ってくれます。イカ、海老、豚が入った妻のお好み焼きは私も11歳の息子も好物です。でも、最後に食べるならイカ焼き。塩焼きにして、輪切りにしてあって。それにご飯と味噌汁があればいいです。

(関優子)

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