日経ナショナル ジオグラフィック社

2017/9/12

体を動かした時はもちろんのこと、軽く物が触れただけでも「キリで刺したような」「焼けるような」「万力で締め付けられるような」などと表現される激しい痛みが走る。私も何人か線維筋痛症の患者さんを担当したことがあるが、長期間にわたって痛みと闘う様子にこちらも心が痛んだ。

線維筋痛症では、痛みの他にしびれや胃腸障害などさまざまな症状を伴うが、不眠がとりわけ多い。9割前後の患者さんが、寝つけない(入眠困難)、何度も目覚めてしまう(中途覚醒)、眠っても体が休まらない(熟眠困難)などの慢性的な不眠症状を訴える。件の女性アナウンサーも酷い不眠に悩まされていたようだ。

ここまで読んで「大変だとは思うが、痛みがあれば眠れないのは当たり前なのでは?」「ナゼ、わざわざ睡眠コラムのテーマに?」という疑問をお持ちの方もおられると思う。

確かに「痛みがあるから眠れない」だけだと単なる「原因と結果」になってしまうのだが、痛みと睡眠との間にはもう少し深い双方向的な関係がある。「眠れないことが逆に痛みを強くする」そして「眠れれば痛みが軽くなる」ことが最新の研究から明らかになってきたのである。

日中の痛みの悪化は不眠症の診断基準のひとつ

古くから医療者の経験として、眠りの質が悪いと痛みを強く感じることは知られていた。不眠症の診断基準でも、日中に出現する症状の一つとして「痛みの悪化」があるくらいである。健康な人でも一晩断眠(徹夜)したり、数晩にわたって睡眠不足をためると痛みを感じやすくなることが実験的に示されている。

逆に、よく眠ることが疼痛の緩和に効果があることも広く知られている。残念ながら先の線維筋痛症には効果的な医薬品がなく治療に難渋することが多いのだが、睡眠薬や抗うつ薬などで不眠が改善すると疼痛も一緒に軽減することが多い。そのほかの慢性疼痛疾患の治療でも痛みの緩和だけではなく、睡眠の確保が大事であることは共通した認識となっている。

最近、睡眠が短くなると痛みが強くなることの関係についてハーバード大学の関連病院であるボストン小児病院とベス・イスラエル・メディカルセンターの研究者らが行った興味深い研究の成果が英国の権威ある医学誌「Nature Medicine」に報告された。

この研究が個人的にユニークだと思ったのは睡眠が疼痛に与える影響を純粋に評価するためにマウスの睡眠時間を「ストレスなしに」短くする方法を考案したことである。疼痛の研究なのにストレスなしが大事とは奇妙に思うかもしれないが、ストレス自体が疼痛に影響を及ぼしてしまうため、上記の断眠実験のようなストレスを巻き込む操作をできるだけ避けたのはこれまでありそうで無かった良いアイデアである。

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専門家も全く想定していなかった新発見