2017/9/12

どうやってストレスなしにマウスの睡眠時間を短くしたかと言えば、マウスの睡眠時間帯にあたる明期(部屋を明るくする時間帯、12時間)に「楽しませて」眠らせなかったのである。マウスの脳波を計り続け、眠気が出てきたときに素早く手作りのオモチャや大好きな綿ボール(巣作りの道具)を与えて遊ばせるなどしたのだ。なんとも涙ぐましい工夫である。研究者のインタビュー記事を読んだが、ご本人達にとっても自慢のシステムらしい。

このような繊細な実験の結果、12時間の睡眠時間帯のうち9時間以上も睡眠を削られたり、1日6時間だが5日間にわたって睡眠を削られたマウスでは、熱さ、冷たさ、圧迫、カプサイシン(唐辛子の辛み成分)などのさまざまな痛覚刺激に対して非常に敏感になることが分かった。

専門家も全く想定していなかった新発見

興味深いのは短時間睡眠で生じた痛みには、イブプロフェンなどの通常の鎮痛剤は効果がなかったことである。このことは臨床的にも意義深い。不眠がある慢性疼痛の患者さんが効果の乏しい鎮痛剤を過剰に服用する危険性があるからだ。

短時間睡眠で生じた痛みに効果があったのは、意外にも一見鎮痛とは無縁なカフェインとモダフィニルであった。カフェインは脳内の催眠物質アデノシンの作用をブロックすることで眠気を抑える(「眠気の正体」)。モダフィニルもドーパミン系神経の活動を促進して覚醒効果を発揮する医薬品で過眠症の治療薬に用いられている(「知的ドーピング『スマートドラッグ』の是非」)。

作用機序の異なる二つの覚醒促進薬がともに疼痛効果を発揮したメカニズムは、どうやら「眠気の解消(覚醒度の上昇)」にあるらしい。睡眠不足や不眠によって覚醒度が低下すると痛みを感じやすくなり、そしてその疼痛過敏は眠気をとることで回復できる、と研究者らは主張している。睡眠不足で日中の痛みが増すことは知っていても、痛みの感受性に眠気が関連しているというのはその筋の専門家にとっても全く想定していなかった新発見で、権威ある医学誌に掲載されたのもむべなるかな。

眠気(覚醒度)と痛みの関係についてはヒトでの研究を含めてさらなる研究が必要だが、疼痛治療の際に睡眠が重要であることを体感している臨床医にとってはスッと受け入れやすい説である。

すでに、この論文を読んだある研究者はがん性疼痛の緩和に適度な午睡が役立たないか検討を始めたようだし、睡眠改善薬を用いた薬物療法の臨床試験の計画もあると聞く。製薬会社は新しい鎮痛剤の開発(治験)の際に睡眠状態を考慮に入れる必要があると考え始めている。拙速は困るが、今後も睡眠医学の側面から慢性疼痛の治療に役立つような知見が得られることを願ってやまない。

痛みと睡眠との間には、今回登場した「眠気」以外にも、「抑うつ」や「倦怠感」など何人もの役者が登場するのだが、それは他の機会に譲ろう。

三島和夫
 1963年、秋田県生まれ。医学博士。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所精神生理研究部部長。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事、日本生物学的精神医学会評議員、JAXAの宇宙医学研究シナリオワーキンググループ委員なども務めている。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、日経BP社)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。

(日経ナショナル ジオグラフィック社)

[Webナショジオ 2017年8月24日付の記事を再構成]

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