――観客も国際化が進んでいます。欧州の歌劇場であってもドイツ語のわからない人が多いでしょう。それでもわざわざドイツ語の歌詞を一言一句はっきり発声してますね。

「それも芸術の一部だからだ。ワーグナーは総合芸術という概念を打ち立てた。音楽や演技だけでなく歌詞も大切だと思う。特にワーグナー作品では役を浮き彫りにするため、観客にきちんと歌詞を伝えないといけない。オペラは音を奏でるものではなく、物語を聞かせるもの。私は観客とオペラの仲介役でありたい」

――ワーグナー作品のなかには「ローエングリン」「ニュルンベルクのマイスタージンガー」のように愛国主義的な色彩の濃いものがあります。ナチス(アドルフ・ヒトラーが率いた国家社会主義ドイツ労働者党)政権は国威発揚のために、ワーグナー作品を利用しました。

「賛否があるのはわかっている。しかし演目の多くは後世、(ナチスなどのいいように)解釈された面がある。本当に見るべきは、ワーグナーが生きた時代だ。極右思想や人種差別、そして暴力は大嫌いだ。ぞっとするようなドイツの過去も忘れるべきではない。しかし作曲家としてのワーグナーは、そうした過去にそれほどかかわっていない。だから、ワーグナーを歌うことに抵抗はない。むしろ音楽の可能性に目を向けている」

――では、ワーグナーはどんな人間だったと思いますか。

「夢想家だろう。ワーグナー作品のなかにも作曲家が投影されているように感じる。『マイスタージンガー』のワルター・フォン・シュトルツィング、『ローエングリン』そして『タンホイザー』の題名役。いずれもワーグナー自身のように思える」

――ワーグナー作品の役柄の中で、まだ取り組んでいないのはトリスタンとジークフリートですね。元ホルン奏者だけに、ジークフリートを演じる際は、舞台上でホルンを吹けるのでは?

「わはは。タンホイザーを演じたことは大きな一歩。ほかの役柄もそのうちにと思えてきた。レパートリーを増やしていきたい」

「ただ今までと変わらず、ワーグナーなどドイツの作品を中心に据えたい。最近はリート(歌曲)にも取り組んでいる。シューベルトの連作歌曲集「冬の旅」なども、歌ってみたい。歌詞が大事だし、それをうまく表現できると感じている」

――バイエルン国立歌劇場でタンホイザーを指揮した音楽総監督、キリル・ペトレンコさんとの相性は。

「彼が用意してくれた音楽のじゅうたんの上で、心地よく導かれている感覚になる。しかも求めていることが明確。イントネーションやリズムだけでなく、弱音もきちんと大切にする。ワーグナーが意図したような音の強弱をペトレンコさんは表現できる。リハーサルは綿密で大変だが、最後には驚嘆すべき音楽があらわれる」

――フォークトさんは今年も、バイロイト音楽祭に出演しました。

「ワーグナー作品を愛する音楽家にとって、バイロイトで演じるというのは格別なこと。夏休みを犠牲にして参加する人が多く、連帯感のようなものが漂っている。素晴らしい雰囲気としか言いようがない」

(聞き手は欧州総局編集委員 赤川省吾)

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