――お世辞ではなく、舞台上では神々しいオーラをまとっています。

「オーラというのはあるか、ないか、それに尽きる。もともとオーラがある人は、磨きをかけて伸ばすことができる」

旅が好きだというフォークト。「自分自身がタンホイザーに似ているかもしれない」と語る(撮影=Marlies Matthes)

――ただオーラは英雄役のローエングリンではしっくりきますが、タンホイザー役では邪魔になりませんか。タンホイザーは英雄ではありません。

「タンホイザーは憂鬱な人物ではない。第1幕の最初から気落ちしているとの解釈は誤りだ。むしろ逆。彼はとても前向きな人物だ。ヴェーヌスのもとでは心から快楽に溺れ、『森をもう一度見たい』『小鳥や鐘の音をまた聞きたい』と歌い上げる。元いた世界に戻った後も後ろめたい気持ちはあっただろうが、『罪を犯した』と四六時中悩んでいるわけではない。それどころか、最初は旧友との再会を喜んでさえいる」

「第1幕の終わりに『あぁ、思い出してきたぞ、忘れていた美しい世界』という歌詞がある。とても前向きで輝きに満ちている音楽だ。エリーザベトとの二重唱も、陰鬱にはほど遠い。エリーザベトとの再会の瞬間、ヴェーヌスとの情事が頭をよぎっただろう。だがエリーザベトはタンホイザーを愛している。いつも後ろ向きでさえない男を好きになるわけがない。タンホイザーの苦悩は(終盤に)ローマに着いてから、ようやく表れる。落ち着きがないということは言えるが、最初から落ち込んでいるわけではない」

――タンホイザーを演じた歌手で目標とする人はいますか。

「私はあれこれ録音を聞いて勉強するタイプではない。自分で役柄作りに取り組むようにしている。自らの芸術的解釈をそこで表現したい。つまり最初から最後まで『独自のタンホイザー』でなくてはならない」

――最近のオペラ演出では、その解釈をめぐって賛否が割れることが増えました。奇抜な演出は歌手にとっても試練では。

「もちろん。今回、ミュンヘンの上演で難しかったのは自分のイメージをつかむこと。演出によっては、観客の関心が歌手からそれてしまうと感じる。自分に焦点をあわせてもらうよう、演じないといけない。自分で(タンホイザーという)人物像を作り上げるように試みた」

――演技力を高める努力はどのように。

「はっきりしている。まずは妻に感謝したい。舞台上の立ち居振る舞いを鋭く見抜く能力があり、非常に助かる。リハーサルの段階で指摘されることが多い」

――グローバル化は歌手への負担ではありませんか。活躍する地域が限られていた往年の歌手と異なり、いまは世界中の歌劇場をタイトスケジュールで回らないといけません。

「出かけるのも新しいことを学ぶのも大好き。旅は喜び。飛行機に乗るのも楽しい。いつも次のことを考えているという意味で、自分自身がタンホイザーに似ているかもしれない。大切なのは仕事に喜びを見いだすこと。歌手デビューからほぼ20年が過ぎたが、その気持ちは変わっていない。歌手として仕事ができるのは贈り物だと思っている」

「グローバル化の欠点はインターネットによって世界が結ばれ、どこに出演しても注目を集めてしまうことだ。どこか遠くの劇場であってもすぐ、情報がネットで広まってしまう。例えばタンホイザー役も、それほど有名ではない劇場で試すことができない。だからこそ今回、初役の地にミュンヘンという大舞台を選んだ」

――観客やメディアの反応が気になると。

「もちろん感じる。気にしないようにしているが、黙殺することはできない」

注目記事