東京・高円寺で人気 「ベトナムおこわ」の専門店
かつて街にあるアジア料理の店といえば中華料理店が大定番だったが、今やそれと同じぐらい目立つようになったのがベトナム料理店。生春巻きや米粉を使った麺であるフォーといった特に人気のベトナム料理は、カフェなど専門店以外でもよくメニューに並ぶようになった。
そんな中、東京・高円寺のひときわユニークなベトナム料理店が人気を集めている。「ツバメおこわ」――ベトナム料理の中でもおこわに特化した店だ。
店主の平野さやかさんは大学でベトナム語を専攻。ベトナム南部の商都ホーチミンで翻訳の仕事に携わっていた時に、この国のおこわ料理の魅力に目覚めた。きっかけは、会社で隣に座っていた同僚の女性。ベトナムでは、屋台で買った朝食を始業時間前に会社で食べる人が多いのだが、彼女は毎朝、豆乳とビニール袋に入ったおこわを持って出勤していた。
平野さんが見ていると同僚は、「おいしいよ」と言って、手でぎゅっと握った長粒米のおこわを差し出した。もち米にココナツミルクなどを合わせて蒸し、つぶした緑豆を混ぜたおこわだった。食べてみるとほんのり甘く、緑豆がきなこのようだった。
「ベトナムには、ビルに入った大型店から小さな食堂、屋台、道端の露店、自転車でこれを売っている人まで、街のそこここにおこわ専門店があるんです。おこわはもち米を蒸すための大きな蒸し器に入れたまま店頭に置いて売っています。大きい店では、20~30種ものおこわがあるんですよ。私の家の近くにも有名店があって、色々なおこわを食べてみるようになりました」(平野さん)。
帰国後、知り合いのベトナム人の祖母が毎日売り切れるほどの人気のおこわ売りだと聞き、おこわ作りを教えてもらうため再び渡越。つてをたどってレストランの料理人にも教えを乞い、2013年に開店した。店名はベトナム語でツバメが「Yen(エン)」と、日本のお金の円と同じつづりと発音であることから、幸先がよさそうだと付けたものだという。
平野さんに様々なベトナムのおこわの写真を見せてもらうと、ひときわ鮮やかなおこわが目に入った。紫や緑、オレンジに色づけされたおこわだ。現地では、とても人気があるらしい。
紫、緑はマゼンタリーフやパンダンリーフと呼ばれる植物を用いて色づけしたもの。オレンジは、東南アジア原産のガックというフルーツを使って色をつけたもので、いずれも甘いおこわ。
日本人の感覚では少し毒々しい感じがするが、「ベトナム人は色がついていた方が食欲をそそられるんです。だから、『このぐらいの発色じゃないと』って、食用着色料をさらに足したりするんですよ」と平野さんは笑う。
平野さんは、特にガックのおこわがお気に入り。最初にはまったおこわで、現地に住んでいた時はこればかり食べていたという。「ツバメおこわ」でも定番のメニューだ。
「最初は気持ち悪いと思ったんですが、なんでも食べてみようと思ったらすっかりはまってしまって。バターっぽさを感じるコクがあって、結構甘いんです。仕事終わりによく食べていました」。赤飯のようなもので、結婚式には欠かせない食べ物だそう。
ウリ科の果物であるガックは、そのまま食べてもおいしくない。あえて言えばキュウリのような味、と平野さんは教えてくれる。実はこの果物、リコピンやβ-カロテンが豊富に含まれるためスーパーフルーツとしても知られている。
「肌にいいと言われ、ベトナムでは化粧品にもよく使われているんです。女性に人気のおこわなんですよ」。平野さんのお店にも、在日のベトナム人女性がよくこれを食べに来るという。
「ツバメおこわ」のガックおこわは、ほんのりとした甘さ。おこわに混ぜられた赤いガックの実はねっとりとしていて、ケーキのようにおこわの層の間にほくほくとした緑豆あんをはさんでいる。この優しい味のあんがもっちり水分を含んだもち米によく合う。緑豆あんを使わないガックおこわもあるそうだが、「このあんのほっこりとした味が好きなんですよね」と、平野さんは幸福そうな顔。
「ツバメおこわ」では、男性でもお腹いっぱいなるぐらいたっぷりおこわを器に盛って出している。「おこわが本当に大好きなんだなぁ」と思わず顔がほころんだが、実はこれ、日本人の食事スタイルに合わせたものなのだという。
「日本では、おこわは食事として食べるものというイメージがありますが、ベトナムでは、朝食やおやつ、夜食としてちょっと小腹が空いた時に食べるんです。だから、ガックのように甘いおこわではなくても、ご飯はおにぎり1個分ぐらいの量で売っているものなんですよ」(平野さん)。長粒米のもち米は日本のもち米ほど水分を含まないので重くなりすぎず、ほどよくお腹を満たしてくれるのだ。
揚げ卵、チャーシュー、サラミなどの具材が並んでいて、好きなトッピングを選べる形式が最もポピュラーな店のスタイル。人気の具材はニョクマムや五香粉などで味付けした甘辛い鶏やチャーシューだ。これをプレーンな白いおこわにのせて食べる。食堂で食べると、必ずニョクマムやレモンなどを使った、甘い酸っぱい漬け物が付いてくるらしい。
「南北でも少し違いがあって、北部では豚バラ、揚げ卵、厚揚げなどを煮込んだ熱々の具材をのせ、器に温かい煮汁が入っているおこわもあります」(平野さん)。南部に比べ気温が低い北部では、温かいおこわはさぞおいしいことだろう。
南部では豚をはじめ様々なモツをのせたおこわもポピュラー。豚モツの味付けには「サシ」という、ベトナムで人気のコーラ風炭酸飲料を用いこってりした甘さに仕上げる。「ベトナムのモツは全く下処理などされていないので、モツおこわをマスターするために、丁寧にレモンで洗って臭みを取るモツの処理の仕方まで教わってきたんですが、日本で売っているものは全部きれいに処理されていて拍子抜けしました」と平野さん。
「ツバメおこわ」のモツおこわは、調理に「サシ」を使い、本場の味がそのまま伝わるメニュー。コリコリとしていたり、軟らかかったり、豚のガツ、シロ(大腸)、耳を使ったおこわは様々な食感も楽しめ、少しディープなベトナムの食の一端を味わえる。
メニューには日替わりスープもあり、その日はタマリンドを使った甘酸っぱいスープを提供していた。レンゲですくってみると、パクチーやモヤシなどの野菜のほか、なんとパイナップルとアサリが入っていた。酸味も強いが、かなりはっきりとした甘さで、パンチが効いている。おこわと一緒に食べたくなる味だ。
毎日大きな蒸し器で何キロものおこわを蒸し上げる平野さん。「おこわが蒸し上がった時がとても幸せなんです。香りがとても好き。インディカ米のもち米は花のような香りがするでしょう?」と頬を緩ませる。
これを作りたい、あれもやってみたい。習った料理や年1度訪れるベトナムで見た食べ物を思い出しながら、新しいメニューも考案中だという。次に訪れた時には、また新しいベトナムの食を発見できるかもしれない。そう思いながら、店を後にした。
(フリーライター メレンダ千春)
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