フジロック'17 米国ルーツ音楽の魅力満喫
フジロックフェスティバル'17はビョークとロードという2人の歌姫が活躍し、復活した小沢健二をはじめ、コーネリアスやレキシといったJポップ勢も人気を集めた。しかし、多様性こそフジロックの魅力と考える筆者が足を運んだのは、ロードを除けば、人気プログラムの裏番組ともいえる渋めのステージが大半だった。そこで今回のフジロックの隠れテーマを探り当てた気がした。ブルース、カントリー、ジャズ、ロックンロール……。米国のルーツ・ミュージックの魅力を様々な形で味わうことができたのである。
フジロックは主なステージだけで8カ所あり、様々なプログラムが同時並行で進む。事前にタイムテーブルをにらんで、どのステージを見るか決めておかないと広大な会場で途方に暮れる。5年連続のフジロック取材となった筆者は、多くのメディアで取り上げられるであろうプログラムはほとんど除外し、自分の音楽の好みと好奇心を頼りに、独自のプログラムを組み立てて臨んだ。
さて、初日の午後。東京から会場に駆けつけたらいきなり土砂降りになった。やれやれ。フジロック名物とはいえ、雨に降られるのが一番しんどい。最大のステージ、グリーンステージに登場したのはルースターズのドラマー、池畑潤二を中心とする「ルート17 ロックンロールオーケストラ」の面々だ。ゲストボーカルのトータス松本が、今年亡くなったムッシュかまやつの名曲「ゴロワーズを吸ったことがあるかい」を歌い始めると、みるみるうちに雨が上がっていった。これもフジロックでたまに見られるマジックである。
続くゲストの仲井戸"CHABO"麗市が忌野清志郎をしのんでタイマーズの「デイ・ドリーム・ビリーバー」を歌った後、米ブルースロック界の大御所、今年で75歳になるエルビン・ビショップが登場した。左手の小指にスライドバーをつけ、むせび泣くようなギターを聴かせる。いわゆるボトルネック奏法だ。筆者も中学生や高校生のころ、左手の指に食塩の瓶をはめてスライドギターに挑み、この奏法のまねごとをしたものだが、もちろん名手は次元が違う。これが本場のブルースだ。
さらにエルビンより5歳も年上の「永遠の若大将」こと加山雄三がゲストの大トリとして現れ、自作曲の「ブラック・サンド・ビーチ」をはじめエレキギターの腕前を惜しみなく披露して、エルビス・プレスリーにあこがれた日本のロック第1世代の力を見せた。「君といつまでも」では観客もそろって大合唱になった。
圧巻だったのは、若大将、エルビン、CHABO、トータスのゲスト全員がエレキギターを持って共演したラストの「ジョニー・B・グッド」。今年3月に亡くなったロックンロールの創始者の一人、チャック・ベリーの名曲だ。日米のロックレジェンドが入り乱れ、ロックの偉大な先人に敬意を表する姿は感動的だった。
1日目の夕暮れどきに見たのは米国のシンガー・ソングライター、ファザー・ジョン・ミスティ。大型のグリーンステージやホワイトステージのずっと奥、離れたところにある小さな「フィールド・オブ・ヘブン」が会場だったが、掘り出し物の名演だった。
ボーカリストとしてのスタイルは、体の動かし方などを見ているとホール&オーツのダリル・ホールを思わせるのだが、ダリルほどR&B的なコブシは回さない。曲調は白人のソウル、いわゆるブルー・アイド・ソウル風のポップスだ。不思議なコード(和音)が多用されていて、どの曲も質が高く、思わず聴き入ってしまった。彼はレディー・ガガやビヨンセといった当代最高クラスの歌姫たちに楽曲を提供していて、作曲能力はすでに高く評価されている。今後も要チェックのアーティストだと再認識した。
続いてフィールド・オブ・ヘブンに登場した「ライ(RHYE)」という名のデュオのステージは、女声のように聞こえる男性ボーカル、チェロやバイオリン、トロンボーンに様々なシンセサイザーのサウンドが混じり合い、万華鏡のような音世界に浸ることができた。デュオ名「RHYE」は英語の辞書に載っていない風変わりな単語だが、フレディ・マーキュリーが作ったクイーンの初期のヒット曲「輝ける7つの海(セブン・シーズ・オブ・ライ)」に使われている。「Rhye」はフレディの造語だとされているが、このデュオはクイーンのファンなのだろうか。
2日目は朝からずっと雨だった。これには参った。場内で傘をさすのは禁止されている。レインコートのフードを外せない状態で、延々と野外にいなくてはならないのは、心身ともにかなりつらい。この日は昼から夜までフィールド・オブ・ヘブンにいて、米国のルーツ・ミュージックのオンパレードを楽しんだ。
米ニューヨークから来た「ウェスタン・キャラバン」というグループはカントリーミュージックの王道を聴かせてくれた。筆者にとってカントリーはなじみの薄い音楽だったが、思っていた以上にリズムがグルーブしていて、実に豊かな音楽性を備えたバンドだと感じ入った。米国の音楽界の底力を見せつけられた気がした。
続いてフィールド・オブ・ヘブンに登場したのは、日本のグループサウンズ(GS)の雄、デビュー50周年を迎えたザ・ゴールデン・カップスだ。70歳になったエディ藩をはじめ、ルイズルイス加部、ミッキー吉野、マモル・マヌーといったおなじみのメンバーが次々と現れる。外見にはさすがに年齢が表れているが、ボーカルや演奏の迫力は衰えを知らない。
「長い髪の少女」のようなGSらしい歌謡曲調の持ち歌はやらず、ひたすら「ウオーキング・バイ・マイセルフ」「絶望の人生」といった本場のR&Bやロックを聴かせる。カップスは数あるGSのバンドの中でも屈指の本格派として鳴らしたが、まさに面目躍如の演奏である。何だかうれしくなった。
エディが「僕らはバターフィールド・ブルースバンドを聴いて、こんな曲がやりたいと思っていたんだ。そのバンドにいたエルビン・ビショップがこの後のステージに出てくるんだよね」と前置きして、ブルースの名曲「ウオーキン・ブルース」を演奏したのだが、この場面は今回のフジロックの一面を象徴していた。米国のルーツミュージックに対する深い敬愛……。筆者が今回のフジロックの隠れテーマと感じたものである。
降り続く雨の中、フィールド・オブ・ヘブンのステージに現れたのは「天才」と呼ばれる若きギタリスト、マーカス・キング率いるブルースロックの新星、マーカス・キング・バンドだ。デレク・トラックスとの共演で一躍名を上げたマーカスは、うわさにたがわぬ野性的なギターを聴かせてくれた。高音のハスキーボイスでシャウトするブルースマンらしいボーカルも素晴らしい。
会場が沸きに沸いたのは、前のステージでゴールデンカップスのエディが言及し、前日には若大将とも共演していたレジェンド、エルビン・ビショップが飛び入りしたときだった。マーカスとエルビンという新旧のブルースマンが並んでギターを弾いている。これもまた今回のフジロックを象徴する名場面の一つとなった。
さて、いったん引っ込んだエルビンが満を持してフィールド・オブ・ヘブンのステージに登場したのは夜7時すぎ。これが彼名義の正式なプログラムだ。重々しいリズム、しゃがれ声の歌、渋いという形容が真っ先に浮かぶギター。古き良き米国の伝統をこれでもかとぶつけてくるステージである。
やがて、さっきのお礼とばかりに、マーカス・キングが飛び入りで加わった。エルビンが「何というギタリストだ」とマーカスをたたえていたのが印象に残った。こうしてブルースの極意は新世代へと伝授されていく。日本のフジロックでこんな場面に出合えるのは不思議な気分である。
さて、最終日。しっかりと早起きして、午前のステージから見た。米ニューヨークを拠点に、世界で活躍する日本の若きジャズミュージシャンがスクラムを組んだ画期的なクインテット、Jスクワッドが演奏するからだ。
会場はフィールド・オブ・ヘブン。米国の名門ジャズレーベル「ブルーノート」からデビューし、米西海岸の名門「コンコード」に移籍してCDを発表しているトランペットの黒田卓也をはじめ、どのメンバーもジャズの最前線で引っ張りだこの名手ばかりだ。
米国をはじめ海外の優れたミュージシャンたちの演奏を2日間にわたって聴いてきたが、演奏テクニックはもちろん、リズムのうねり、即興演奏のスリル、オリジナル曲のユニークさなど、どこをとっても全く負けていない。彼らは特別な5人なのかもしれないが、日本のジャズミュージシャンはすごいレベルに達しているのだと痛感した。本場米国の音を消化して、完全に自分のものにしている。
3日目の午後はグリーンステージに移り、デンマークのルーカス・グラハム、オーストラリアのジェットを続けて見た。ルーカスは軽快でメロディアスなポップス、ジェットは荒々しくストレートなロック。それぞれ王道ともいえるサウンドで楽しませてくれた。
なかなかやまない雨の中、グリーンステージでニュージーランドの歌姫、ロードの出番を待った。ロードは2013年に16歳の若さでデビューし、大人たちの虚を見透かすような少女ならではの視線を歌詞に込めたアルバムが高く評価された。
フジロック出演は2014年に続いて2度目。筆者は前回も見たのだが、髪を振り乱して歌う姿が目に焼きついている。彼女が今年発表した2作目のアルバム「メロドラマ」には、大きな失恋を経験した自身の心情がにじみ出ている。20歳といえば十分に若いが、デビュー作に比べると、ずいぶん大人になったという印象である。
ちょうど日の暮れるころ、グリーンステージにロードが現れた。降り続いていた雨もあがった。白いスニーカーを履いたロードは、リズムに合わせて跳びはねながら歌い、踊る。決まった振り付けがあるわけではない。時にしゃがみこみ、時にのけぞり、歌詞に込められた感情の起伏を体全体で表現している。
前回もこんなふうに演劇的ともいえる身ぶりを伴いながら歌っていたが、受ける印象は全く違う。エキセントリックな少女の感情の爆発といった調子だった前回に比べると、大人の女性らしい柔らかさや色香が前面に出ている。観客に向かって語りかけた「3年ぶりにフジロックで歌えて本当にうれしい」との言葉は、社交辞令には聞こえなかった。観客も彼女の本音、優しい心根を敏感に感じ取ったのだろう、広大なグリーンステージが親密な空気に包まれていった。何万もの観客がロードという1人の20歳の女性に引き寄せられる。その磁力の強さはただごとではなかった。
筆者が見たプログラムは偏りがあるかもしれないが、その中でいえば、ベストアクトは文句なしにロードだった。敢闘賞は様々なステージに顔を出したエルビン・ビショップ、殊勲賞はハイレベルな演奏で日本勢の実力を見せたJスクワッド、技能賞は曲の良さでファザー・ジョン・ミスティ、同じく技能賞はギターの腕の確かさでマーカス・キングにささげたい。7月28~30日、新潟県・苗場スキー場。
(編集委員 吉田俊宏)
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