この世の「地獄」10選 冥界の入り口にようこそ
温泉や古刹を訪ねると、ときにあの世が見え隠れ。
冥界の入り口はほら、そこにも。地獄巡りへ踏みだそう。
「悪さをすると地獄に落ちる」「嘘をつくと舌を抜かれる」――。「地獄の沙汰も金次第」というのもある。そもそも「地獄」って何だろう。
「この世の恐れや苦しさ、悲しさが増幅して投影されたのが地獄」と小松和彦・国際日本文化研究センター所長。仏教が持ち込んだ世界観だという。地獄に落ちると火にあぶられ、手足をもがれ、鬼に食われる。リアルで残忍な光景を思い浮かべ、恐れることで、「昔の人は生きることの意味を確認していた」(小松さん)。お盆と正月には、地獄の窯が開くという、民間伝承もある。
ランキングには立山、川原毛など山岳の地獄が入った。元は修験道の霊山で、この世のものと思えない自然の中で修行を積んだ。異様な光景に異界を見る発想は1位になった「別府地獄めぐり」にもつながる。ただ、今でも有毒ガスを噴出したり、火山活動が再開したりすることもあるので、自然への恐れを忘れずに。
寺院に閻魔像が安置されているのも、地獄と極楽との対比で仏教の教えを分かりやすく説いたことによる。かっと目を見開く閻魔像や奪衣婆(だつえば)の恐ろしさは今も変わらない。京都の2つの寺は、この世とあの世の境に建てられた。その信仰が今も続いている。
泡立つ熱湯 まさに地獄絵(大分県別府市)
別府といえば地獄。コバルトブルーの「海」のそばに、滴る赤の「血の池」が。「坊主」もいれば、「鬼」もいる。「わき立つ温泉の噴気、おどろおどろしい湯の色、ぶくぶくと泡立つ熱湯はまさに地獄絵さながら」(井門隆夫さん)。「別府の地獄は多種多様で、これだけバリエーション豊かな地獄群は珍しい」(河村亮太さん)。奈良時代編さんの豊後国風土記にも噴気や熱泥、熱湯の噴出が記され、その歴史は長い。今は10以上の地獄がある。
七五調で見どころを説明する定期観光バスは昭和初期からの名調子。「地獄蒸し焼きプリン」や「血の池軟膏(なんこう)」など地獄ならではのお土産も楽しい。
(1)JR別府駅からバスで20分 (2)0977・66・1577(別府地獄組合) (3)2000円(7カ所の共通券)
響く鬼の声、赤い稲光(富山県立山町)
アルペンルートで有名な立山。山肌に火口が口を開け、谷底からは煮えたぎる熱泉や轟音(ごうおん)とともにガスが噴き上げる地獄さながらの場所がある。かつては山全体が信仰の対象だった霊山。立山信仰、立山曼荼羅(まんだら)という言葉も生まれた。
立山博物館に併設された「まんだら遊苑」は、「恐怖と快楽、地獄と極楽を共存させたスケール雄大なテーマパーク」(中尾隆之さん)だ。地獄の鬼の叫び声が響き、赤い稲光に包まれてさばきを受ける閻魔(えんま)堂など、五感で体験できる。周辺は「夏も涼しく、大自然を感じられる」(岩佐十良さん)。
(1)富山地方鉄道立山線千垣駅からバスで約10分 (2)076・481・1216(立山博物館) (3)400円(まんだら遊苑)
口かっと開け大目玉でにらむ(京都市)
「ゑんま堂」と親しまれ、住所も「閻魔前町34番地」と閻魔づくし。地獄の裁判所を模した本堂では本尊の閻魔様がかっと口を開け、大目玉でにらみ付ける。「金色の目の閻魔大王が迫力満点。古都のグレードの高さと民俗的な濃いムードが融合したドキドキする空間」(中野純さん)。「家族を連れて行き『うそをついたら、舌を抜かれるぞ』と伝えたら効果抜群」(富本一幸さん)
正式名称は引接寺(いんじょうじ)で、かつては風葬が行われていた。「そこに閻魔様を安置し死者の魂を弔った」(戸田妙昭住職)のが始まり。「京都・千本。この地こそがこの世とあの世の境なり」(みうらじゅんさん)。寺務所では「ゑんま様のお目こぼし」(かき餅)が300円で買える。
(1)JR京都駅からバスで約30分 (2)075・462・3332(引接寺)
無数の石地蔵 静かに並ぶ洞窟(新潟県佐渡市)
佐渡の最北端。日本海の荒波が足元洗う細い道の先に、無数の石地蔵が静かに並ぶ洞窟が。幼くして亡くなった子どもの霊が集まる場所といわれる。「うずたかく積まれた地蔵や供え物を見ていると、親の気持ちが痛いほど伝わってくる」(小嶋独観さん)。「お供えの石が崩れてもまた積まれているという話にぞくっとする」(中尾さん)。最寄りの集落の名は「願(ねがい)」。「あぁ、切なすぎだぜ人生は」(みうらさん)
(1)両津港から車で55分 (2)0259・27・5000(佐渡観光協会)
地獄眺める露天風呂 あぁ極楽(北海道登別市)
「別府と並ぶ、地獄観光のスポット」(岩佐さん)。爆裂火口跡には直径約450メートルの大きな穴。谷に沿って点在する湧出口や噴気孔は煮えたぎり煙を噴き上げる姿から、鬼が住むといわれるように。
温泉街には「閻魔堂」や11体の鬼の像もある。「煙を上げる地獄を眺める温泉街の露天風呂はまさに極楽」(井門さん)。毎年8月の最終土日には温泉街の極楽通りを閻魔大王が練り歩く、地獄祭りが開かれる。
(1)JR登別駅からバスで15分 (2)0143・84・3311(登別観光協会)
本堂の裏に地獄に通じる井戸(京都市)
山門の前には「六道の辻」の石碑が建つ。この世とあの世の境界であることを示す道しるべで、本堂の裏には地獄に通じるという「冥土通いの井戸」、寺の隣地には地獄からの帰路に使ったと伝わる「黄泉がえりの井戸」が残るなど、「いわくありげな場所」(中尾さん)。閻魔大王の座像も見応えがある。拝観のお土産は「近くの菓子店で買う『幽霊子育て飴(あめ)』がお薦め」(富本さん)。
(1)JR京都駅からバスで約15分 (2)075・561・4129(六道珍皇寺)
嘘つきの舌抜く巨大ペンチ(東京都新宿区)
東京・新宿2丁目の歓楽街。そのど真ん中に閻魔様が潜んでいる。江戸時代から「内藤新宿のお閻魔さん」と呼ばれ親しまれてきた。「巨大閻魔像や嘘をついた者が舌を抜かれる巨大ペンチは必見」(みうらさん)。閻魔の隣には、三途(さんず)の川で渡し賃を持たない亡者の着物をはいでいた奪衣婆の像も。「むしろこちらの方がはるかに怖い」(小嶋さん)
(1)地下鉄丸ノ内線新宿御苑前駅から徒歩3分 (2)03・3356・7731(太宗寺)
セルフチェックで裁き受ける(大阪市)
商店街のアーケードに面した街場の地獄。境内には地獄の様子を再現した「地獄堂」や仏の世界が体験できる「ほとけのくに」などがある。「本堂参拝の後、セルフチェックでさばきを受ける『地獄堂』はまさに閻魔ワールド。迫力のある閻魔大王と鬼が待っている」(井門さん)。ただ「地獄堂内で流れる映像はかなり陰惨で、見た後気が重くなるので要注意」(小嶋さん)。寺務所で販売するおみくじは、すべて凶。
(1)JR平野駅から徒歩15分 (2)06・6791・2680(全興寺)
岩肌から水蒸気やガス噴出(秋田県湯沢市)
日本の三大霊地の一つ。奇岩が連なる岩肌から水蒸気や火山性ガスが噴き出る。「江戸時代には硫黄採掘が行われていた場所。灰白色の岩肌の山がひらけて遊歩道が巡る。『毒ガス注意』『立ち入り禁止』の看板が地獄の雰囲気を盛り上げる」(中尾さん)。地獄の源泉が滝になって流れ落ちる川原毛大湯滝(天然露天風呂)や、地獄の入り口には三途川渓谷も。
(1)JR湯沢駅から車で45分 (2)0183・55・8180(湯沢市観光・ジオパーク推進課)
荒れ地から望む富士山(神奈川県箱根町)
首都圏から最も近い火山地獄。江戸時代には「地獄谷」や「大地獄」と呼ばれていた。岩がむき出る荒れ地に白煙が立ち込める独特の風景。四季折々の富士山が見え、絶景が楽しめる。「地獄の山として大涌谷、元箱根石仏・石塔群、姥子堂、白石地蔵などを巡ると、箱根山の異世界が見えてくる」(中野さん)。一部立ち入りが規制されているので注意が必要。
(1)JR小田原駅からバスで約50分 (2)0460・85・7410(箱根町観光課)
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ランキングの見方 数字は、選者の評価を合計した総得点。名称(所在地)。(1)交通手段(2)問い合わせ先電話番号(3)大人1人の料金。写真は1、2位吉川秀樹、3、7位は中野純、6、8位は田辺省二撮影。4位佐渡観光協会、5位登別観光協会、9位秋田県湯沢市、10位神奈川県箱根町の提供。
調査の方法 温泉地や寺社など、地獄を思わせる場所を事前に23カ所リストアップ。「地獄の雰囲気を体感できる」「訪れやすい」「アクセスがしやすい」などの観点で、10人の選者にベスト10を選んでもらい、集計して順位を決めた。選者は以下の通り(敬称略、五十音順)。
井門隆夫(高崎経済大学地域政策学部准教授)▽岩佐十良(「自遊人」編集長)▽河村亮太(日本旅行総研研究員)▽小嶋独観(ウェブサイト「珍寺大道場」主宰)▽小松和彦(国際日本文化研究センター所長)▽杉本圭(カメラマン)▽富本一幸(トラベルニュース編集長)▽中尾隆之(旅行作家)▽中野純(体験作家)▽みうらじゅん(作家)
[NIKKEIプラス1 2017年8月12日付]
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