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ワークスアプリケーションズの牧野正幸CEO

ワークスアプリケーションズの牧野正幸CEO

1996年に創業して5年でジャスダックに上場し、順調に業績を伸ばしていたワークスアプリケーションズ。当時、投資家や出資者からは「ワークスアプリケーションズはベンチャーの手本だ」ともてはやされた。しかし、そのころ牧野正幸最高経営責任者(CEO)の頭にあったのは「限界」の2文字だった。「これ以上の上場維持は無理だ」と2011年1月31日、MBO(経営陣が参加する買収)に踏み切った。この決断は創業以来の危機だったという牧野社長に、当時を振り返ってもらった。

創業当初、悩みは資金不足

創業後、年々売り上げは2倍のペースで伸びました。一方で製品開発の資金が足りず、創業から半年で資金が枯渇し始めたのです。開発のための人材への投資も、十分にできなくなっていました。

当時、今のようにスタートアップにお金を出すところなんてありませんでした。ベンチャーキャピタルなど100社以上に電話しましたが、「創業して何年ですか」「6カ月です」「無理です」となります。唯一お金を出してくれたのが、グロービスの堀義人社長でした。パソコン通信会議で「ベンチャーキャピタルをつくります。何か質問ありますか」というので、「出資してください」とメールを送りました。事業計画書を送ると、堀さんはすぐに出資を決めてくれました。堀さんがいなければ、創業1年目で会社は終わっていたでしょう。本当に運がよかった。翌年以降も資金繰りはずっと厳しかったけれど、上場までに5回、約20億円の資金を調達し、すべて開発に充てました。

出資者には「5年で上場する」と約束しました。上場すれば、資金調達しやすくなるとも考えました。売上高も伸びていき、計画通り01年にジャスダックに上場できたのです。しかし、ここからが問題でした。上場して資金調達ができるようになった一方、利益を求める投資家に応えなければならなくなったのです。研究開発にお金を使いすぎれば赤字になり、投資家の期待を裏切ってしまいます。

利益を出すためには、人員の採用を抑え、開発費も抑えざるを得ません。開発の遅れはやむを得ないと考えるしかありませんでした。結局、上場した後「売上高も利益も成長」というのを7、8年続けました。

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