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生理の日は変えられる! 大切な日を快適に 日経BP総研マーケティング戦略研究所 黒住紗織

日経BP総研マーケティング戦略研究所

2017/8/7

PIXTA

 「友人が新婚旅行でハワイに行ったけれど、ちょうど月経日と重なって散々だったというの。月経日をずらせばよかったのにと言ったら、『そんなこと知らなかった』って。そういうことは、結婚式のプランナーさんがアドバイスすべきよね」――。こんな話を聞いた。

 人生の晴れの舞台が「煩わしい日」と重なったその女性はとても気の毒だ。一方で「月経日をずらすことを思いつかない人は、意外に多いのかも」と、気になった。

 前後して、さらに驚くリポートを読んだ。

 ロンドン・オリンピックに出場した女性選手が「月経と重なってしまい、記録が出せなかった……」と話したというエピソードだ。これは、産婦人科医の能瀬さやかさんが、国立スポーツ科学センター発行の「Health Manegement for Female Athletes-女性アスリートのための月経対策ハンドブック-」の巻頭言に記している事例だ。

 能瀬さんはこのアスリートの言葉に強い衝撃を受けたとつづっている。「トップアスリートは当然、月経対策を取っていると思っていただけに、実態調査と教育・啓発活動の必要性について考えさせられた」

 能瀬さんらの調査結果によると、2012年5月の時点で、体調を整え、試合のパフォーマンスを上げる目的(コンディショニング目的)で月経周期の調整を行っているアスリートは638人中6.2%。66.2%のトップアスリートが「月経周期をずらせることを知らなかった(考えたこともなかった)」と回答している。

638人の女性アスリートに月経周期の調整の経験を聞いた。知らなかった人が66.2%もいた(データ:日本臨床スポーツ医学会誌:22,122-127,2014)

 最高のパフォーマンスを出すために、食事やトレーニング法、睡眠などあらゆる側面から、最新科学の理論に基づいたサポートを受けていると思われているオリンピック選手。そんな彼女たちですら、婦人科的視点からの知識は低く、対策が抜け落ちていたというわけだ。一般の女性が知らなくても仕方ない。

■女性のコンディションに大きな影響を与える月経

 ここまで読んで「月経を自分の都合に合わせてずらすなんて、人工的で不自然なことをするのはイヤだ」と不快に感じた人もいるはずだ。「私はオリンピック選手じゃないから、関係ない」と思った人もいるだろう。でも、本当にそれでいいのだろうか。

 普通の人でも、例えば、受験や昇格試験、大切なプレゼンテーションなど、ここ一番のタイミングに月経日が重なることは避けたいはず。その結果が人生を大きく決定づけるイベントならなおのこと、ベストパフォーマンスが発揮できるコンディションを作るために手を打つことの意味を一度、考えてみてはいかがだろう?

 月経は毎月来る煩わしい期間という以上に、女性の精神面や身体面のコンディションに大きな影響を与えている。

 例えば、月経がはじまる前の1週間余りは、仕事の集中力が落ちたり、イライラしたり、やたらと不安やうつ傾向が強くなったり、眠気が強くなったりする月経前症候群(PMS)があり、約6割の女性が悩んでいる[注1]。PMSは精神面だけでなく、頭痛や乳房痛などの身体的な痛みを感じる人もいる。一方、月経前は問題なくても、月経がはじまると腰痛や腹痛がひどくなったり、吐き気がしたりといった「月経痛」は、7割以上の人がつらさを感じている[注2]

[注1]2014年ホルモンケア推進プロジェクト調査

[注2]働く女性の健康に関する実態調査結果 平成16年厚生労働省

 このような状態では、冒頭のオリンピック選手のように記録が出せないのは無理もない。一番の損は、対策があること自体を知らず「運が悪かった」とあきらめてしまうこと。「月経をマネジメントできる」方法があることを知り、必要に応じてその「武器」を使う選択をすることは、主体的に生きるための一つの知恵だ。

■婦人科で処方されるホルモン剤で月経を動かす

 自分の予定に合わせて月経の時期をずらすには、2つの女性ホルモン(エストロゲンとプロゲステロン)を組み合わせたホルモン剤を使う。これは婦人科で処方される錠剤で、一般にはピルと呼ばれる薬だ。

 ピルは「避妊薬」として日本に登場したため、利用に抵抗がある人が多いようだ。妊娠しにくくなる、がんになりやすくなるといった風評も、利用を遠ざけている感がある。しかしそうした説に根拠はない。「ピルを飲むのをやめたら、月経は1、2カ月でもとに戻り、妊娠は可能ですし、卵巣がんや子宮体がんのリスクが減ることがわかっています」と話すのは、東京歯科大学市川総合病院産婦人科の小川真里子准教授。

 しかし、日本での利用率が3.5%と欧米諸国に比べて圧倒的に低いことの裏には、こうした風評や「人工的に月経を調整するのは不自然なこと」という日本人独特の感じ方がある。現実には、月経のある人にとってデメリットよりメリットが多い薬なのだが、誤解や偏見によって多くの女性がその恩恵に預かっていないのだ。

国連が2013年に発表した、各国の経口避妊薬(低用量ピル)の使用率。日本の普及率は低い(データ:日産婦:66,2127-2131,2014)

 ピルで月経がずらせるのは、女性ホルモンを外から入れている間は脳が妊娠していると勘違いして、一時的に排卵を抑えるためだ。排卵が抑えられていると子宮内膜も厚くならないので月経が起こらない。ただし、薬をやめて数日したら出血が起きる。

■少し前の月経時から調節を始めるのがベター

 避けたい日がある場合の薬の飲み方のスケジュールは、婦人科医に相談してカレンダーを見ながら組んでもらう。月経が始まる直前に「明日から始まる月経をずらしたい」と希望しても難しいが、「ぎりぎりで次の月経予定の7日前から飲み始めることができたら、避けたい日まで続けて飲むことで、月経が始まる日を後ろにずらすことができる」と小川准教授。

 一方、避けたい日に月経を終わらせておく飲み方は、前の月経が始まって3~7日目から5~10日以上毎日、飲み続ければいい。やめた数日後には月経が来る。

 多くの女性が「月経が終わった後が、一カ月のうちで最も体調がいい」と答えることを考えると、月経が終わった時期に試合や試験のタイミングを合わせるほうが快適さが増すだろう。こうした短期的な使い方をする場合は、ホルモン量の多いタイプ(中用量や高用量)のピルを使い、確実に移動させる。

630人の運動選手に月経周期とコンディションがいいと自覚する時期を聞いた調査。月経終了後に調子がいいと感じる人が多かった。(データ:日本臨床スポーツ医学会誌:22,122-127,2014)

 数カ月の間に何日も避けたい日がある受験生など、もっと長期的に月経日を調整したい場合は、ホルモン量の少ないタイプの低用量ピルを使う。この場合は、月経の初日から3週間(21日間)、毎日飲み、1週間休薬して、4週間目からまた3週間毎日飲むという方法で、数周期かけて日程を調整する。数周期継続するほうがいい理由は、投与するホルモン量が少ない分、最初の周期にはうまく予定に合わせて月経が移動できず、失敗する可能性があるためだ。

 ホルモン剤を初めて使う場合、最初のうちは吐き気や乳房痛などを感じる人もいるので、ターゲットの時期に最高の体調でいるために、どのタイミングでどのタイプの薬を飲むといいのかを早めに婦人科医と相談しておくと安心だ。

 月経移動は病気の治療ではないので保険は使えないが、ホルモン剤は問診による喫煙や既往症などのチェックと血圧測定で、使用に問題がないと医師が判断したら処方してもらえる。薬代は短期的な使用でも、月単位の使用でも2000~5000円程度で設定している婦人科が多い。

■つらい月経症状の治療に使うのと同じ薬

 なお、月経移動に使うピルのうち、低用量ピルと同じ内容の薬が近年、月経困難症や子宮内膜症の治療薬として承認され、保険診療で使われている。ピルの排卵を抑制する作用はそのまま、月経痛が起きるプロセスも抑えるためだ。このおかげで、毎月、月経痛や過多月経などに悩んでいた多くの女性のQOL(クオリティー・オブ・ライフ、生活の質)は劇的に高まっていることも知ってほしい。血栓症のリスクが少し上がるなど、注意しておきたいポイントはあるものの、医師の管理のもとに使えば、前述したように卵巣がん、子宮体がんのリスクを減らす[注3]ことも分かっている。また、にきびを減らす作用があるのも月経時のニキビに悩む女性にとってはうれしい点だ。

[注3]OC・LEPガイドライン2015年度版

●月経を移動できるホルモン剤のほかの主な利点
・過多月経や月経痛などの月経困難症が軽くなる
・子宮内膜症が改善する
・月経前症候群(PMS)の症状が軽くなる
・卵巣がんのリスクが減る
・子宮体がんのリスクが減る
・にきびが減る
・避妊ができる
●ピルについての相談ができる医療機関情報を提供しているサイトの例
OC for me 自分のカラダと話せるサイト(http://www.oc-for-me.com/)
あなたが選ぶ避妊スタイル(http://www.hinin-style.jp/)
日本家族計画協会(http://www.jfpa.or.jp/)

■受験・結婚式産業、薬剤師などが必要な女性にアドバイスを

 このように、ホルモン剤は自分のライププランの節目で最高のパフォーマンスを上げるためにも、毎月の体調を整えるためにも「使える武器」だ。だが、こうした方法があることや、どんなメカニズムで作用しているのかなどの情報を、きちんと教わる機会がほとんどないのが日本の女性たちが置かれている現状。こうした情報は、婦人科医からアドバイスを受けられるといいのだが、日本では「婦人科には妊娠して初めて行く」という女性が圧倒的に多く、若いうちから知識を得にくい環境だ。

 こうした情報不足に気づき、啓発に乗り出す動きも出てきている。たとえば受験生に情報を提供しているのが、医学部専門予備校のメディカルフォレスト。女生徒とその母親に対し、受験日に月経日が当たらないように移動できる方法があることを知らせ、事前に婦人科に相談するようアドバイスして、受験生から感謝されている。「移動できると知らない生徒も少なくない。対処の仕方があるという気付きを提供することは、今後の彼女たちの生活を考えたときにも大切なこと」と同予備校の広報担当者。

 予備校に限らず、学校の進路指導の教師や進学塾の講師、結婚式のプランナー、運動部の指導者などが正しい知識を学び、必要な人に婦人科で相談するようにアドバイスしたなら、ホルモン剤への偏見も少しずつ薄れ、大切な日をベストコンディションで迎えて、最大のパフオーマンスを発揮できる女性が増えるはずだ。また、住民との医療の最初の窓口になりえる調剤薬局などの薬剤師にも、今後、こうしたQOLを上げる薬の活用についてアドバイスができる人が増えてきてほしい。

 「女性活躍の時代」だからこそ、自分の生活を快適にするためにも、上手にホルモン剤を活用する知恵はもっと知られてしかるべきだ。

黒住紗織
 日経BP総研マーケティング戦略研究所主任研究員。90年、日経BP社入社。『日経レストラン』『日経ベンチャー』などの記者を経て、2000年より『日経ヘルス』編集部。その後『日経ヘルスプルミエ』編集部 編集委員など。女性の健康、予防分野の中で、主に女性医療分野を中心に取材活動を行う。共著に『女性ホルモンの教科書』(日経BP社)がある。女性の健康とワーク・ライフ・バランス推進員。
マーケティング戦略研究所

日経BP総研マーケティング戦略研究所(http://bpmsi.nikkeibp.co.jp)では、雑誌『日経トレンディ』『日経ウーマン』『日経ヘルス』、オンラインメディア『日経トレンディネット』『日経ウーマンオンライン』を持つ日経BP社が、生活情報関連分野の取材執筆活動から得た知見を基に、企業や自治体の事業活動をサポート。コンサルティングや受託調査、セミナーの開催、ウェブや紙媒体の発行などを手掛けている。

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