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カリスマの直言

ETF買い増しから1年 引けぬ日銀に不安(渋沢健) コモンズ投信会長

2017/8/7

「日銀によるETF買い入れ増は株価下支えで一定の効果があったとみられるが、副作用も目立つ」

 日銀が上場投資信託(ETF)の年間買い入れ総額を6兆円へとほぼ倍増する追加金融緩和策を決定してから1年が過ぎた。日銀によるETFの保有残高は約15兆円に膨らみ、株価下支えの効果は一定程度あったとみられる。ただし、肝心の物価目標は未達のうえ、むしろ株価形成のゆがみなどの副作用が目立ち、「出口」が見えなくなっている。

 2008年のリーマン・ショックを節目に、先進国の中央銀行の役目が変わったといわれている。従来の役目とは、物価および金融システムの安定だ。その安定化の手段とは政策金利を定めることにより、市場の短期金利を誘導し、間接的な介入で民間の資金フローの調整を促すことであった。

■日銀のETF購入は株価上昇には効果

 ところがリーマン後、先進国の中銀は政策目標を金利からマネーの量に切り替える量的金融緩和に乗り出した。短期金利がほぼゼロとなり、下げ余地がなかったからである。中でも日銀は13年4月、黒田東彦総裁が「量的・質的金融緩和」、いわゆる「異次元緩和」を導入。2年間で前年比2%の物価上昇率を目指し、国債に加えETFなどリスク資産も買い増すという大胆な金融緩和策を開始した。これについて、黒田総裁は「資産価格のリスクプレミアム(リスクに応じた資産価格の割引幅)に働きかける」と説明。中銀の役目が従来の間接的な介入から、価格に直接介入する政策に転じた瞬間であった。

 ETFの買い増しもそうした政策の一環で、昨年7月29日の金融政策決定会合で決定した。以来、購入額は段階的に拡大。日銀の営業毎旬報告によると、ETFの保有額は当時の約9兆円から足元では約15兆円へと増加した。

 市場では相場が下落するたびに日銀の買いが意識され、株式を売り込みにくい雰囲気が醸成された。日経平均株価は買い入れ増の決定前日(昨年7月28日)の1万6476円から現在は2万円前後で推移しており、株価上昇については効果があったと判断される。

 ただ、公約した2%の物価目標が狙い通りにならない。今年7月20日の金融政策決定会合では物価目標の達成時期を、従来から1年先送りすることを決めた。異次元緩和の開始以来、目標達成の先送りは6回目だ。ETF買い入れ増以外にも、16年1月に「マイナス金利」、同年9月には長期金利をゼロ%程度に誘導する「イールドカーブ・コントロール」を導入した。物価目標の達成がままならない中、「異次元」はどんどんと深まり、「出口」が全く見えなくなっている。それが現在の状況といえる。

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 このような状況で、再び市場が「ショック」に脅かされたら、日銀の政策ツールは何になるのであろうか。これは、日銀内部でも相当な懸念事項になっているのではないかと推測する。

■市場の価格発見機能が低下

 また、本来、短期決戦であるべきの「異次元」の状態が4年以上続いているため、日銀の大量買い付けによって株式市場では「価格発見機能」が低下するという弊害が起こっているのではないだろうか。個別銘柄の業績の良しあしを選別することなく、全てを購入する手法だからだ。市場を通じた経営への規律の緩みを指摘する声が少なくない。

 折しも7月は1カ月間で日経平均が上下に270円しか動かなかった。月間の変動率は1.3%と、36年8カ月ぶりの低さだった。海外勢が日本株買いに慎重な半面、日銀の買いで下値が限られているためだ。これではPKO(株価維持政策)と批判されても仕方ないのではないか。

 日銀はすでに年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)と米運用会社ブラックロックに次ぐ第3位の日本株の機関投資家になったとみられる。このままの買い入れのペースが続けば、近い将来、最大の投資家になってもおかしくない。中銀が日本株最大の投資家になることは健全な資本主義とはいえない。

 GPIFの運用財源はリアル・マネーだ。将来の年金受給者の積立金の長期投資であり、ESG(環境、社会、ガバナンス)投資にも力を入れている。一方、日銀の財源はバーチャル・マネーだ。中銀は「お金を刷る」だけで投資財源を確保できる。そのバーチャルなお金で、企業の価値創造の結果から得られる多額な配当金・分配金を民間の手から奪い取るというのは、果たして正当化されるのだろうか。日銀の2016年度の財務諸表によると、株式やETFによる配当金・分配金の収入は合計3897億円(前年度は1559億円)に上る。

■株式の「出口」は売却しかない

 日銀の中曽宏副総裁は7月26日の記者会見でETFの買い入れについて「物価安定目標の早期達成になお必要」と強調。「現時点では株式市場の価格形成能力をゆがめているというコスト(副作用)よりも、市場のリスクプレミアムに働きかけるというベネフィット(利点)が上回っている」と述べた。

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 日銀にとっては「引くに引けない」状況なのだろうが、組織的な判断に固執することが、いずれ裏目に出るのは過去の歴史が証明するとおり。市場の不安は募るばかりだ。

 いずれは「出口」の問題もある。買い入れた国債はまだ償還されるというすべがあるが、株式の「出口」はオペとして売却しなければならない。「官製相場」というモルヒネに慣れている市場では、日銀が購入額を減額というだけで株価急落が起きるだろう。実際に売却するということになれば、市場へのマイナスインパクトは計り知れない。中銀が金融システムの安定化を損なう皮肉はあってはならない。

 ETF購入はPKOとの指摘に対し、黒田総裁は「あくまで金融政策の枠組みで行っている」と意に介さない。とはいえ、「異次元」が深まれば、不確実性も深まる。将来に禍根を残さないためにも、日銀はリスクを再点検し、政策を修正すべき難しい時期に来ているといえる。

渋沢健
 コモンズ投信会長。1961年生まれ。83年米テキサス大工学部卒。87年カリフォルニア大学ロサンゼルス校MBA経営大学院卒。JPモルガンなどを経て、2001年に独立し、07年コモンズ株式会社(現コモンズ投信)を創業、08年会長就任。著書に『渋沢栄一 100の金言』(日経ビジネス人文庫、2016年)など。

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