破綻寸前から大逆転、女性にも人気のカプセルホテルにカプセルホテルの変革者(上)

転機が訪れたのは04年秋。不良債権を顕在化させようとする動きが活発となり、それに伴って返済計画も見直すことになった。油井氏はその際、金融機関から借り入れをし、会社の債務を個人で買い取り、約10分の1まで圧縮することに成功した。本気でカプセルホテルの経営に取り組むようになったのも、この時期からだという。

「ベンチャーキャピタルで仕事をしていた頃から、事業そのものをデザインしたいという気持ちは強く持っていました。それを実現しているのは当時、米アップルしかなかった。iPhone の箱を開けても分厚い説明書は入っておらず、電源を入れれば、子どもでも簡単に操作できる。アップルストアで買うところから一気通貫でデザインできている点がすごいと思いましたし、どうせやるのなら、カプセルホテルを世界に輸出できるビジネスにしたかった。ならばデザインする対象はカプセルユニット単体ではなく、事業そのものだと思いました」

カプセルホテル「ナインアワーズウーマン神田」のシャワーフロア

とはいえ、投資してくれる人間はいない。集客さえできれば、カプセルホテルは坪効率のいい魅力的な事業だ。それを自分自身で証明しようと、手始めに、彼は相続した秋葉原のカプセルホテルを再生することに取りかかった。「規模の大きな近隣の施設と同じ土俵で戦えば負けてしまう。彼らがリーチしていない客をつかまなければと思いました」。

当時のカプセルホテルは基本的に呼び込み型で、終電で帰れなくなったビジネスマンやサウナ好きの人が集まってくる場だった。油井氏はそれをまず予約型に変え、それまで縁遠かった女性と外国人に泊まってもらおうと考えた。

「それまでの常識だったカップめんやビールの自動販売機を館内から撤去し、無料で使えるパソコンを置いてインターネットにつなげました。現場を仕切っていた支配人とは意見が合わずにもめることもありましたが、わかってもらう努力をし、売り上げは3年間で2倍以上に増えました」

08年、秋葉原のカプセルホテルは開業20年目にして過去最高益、過去最高宿泊人数を達成。翌09年には周辺の再開発に伴う立ち退きで閉館した。以後、油井氏はその経験を基に、全国にあるカプセルホテルの再生支援事業を手がけるようになる。

事業のコンセプトづくりをデザイナーに依頼

同時に彼は、新しいカプセルホテルの構想も練っていた。斬新なサービスを誕生させたいと、05年からデザイナーにそのコンセプトづくりを依頼していた。だが、1年たって出てきたのは、これまでのカプセルホテルをゴージャスにし、高級感を増しただけのイメージ。「事業そのものをデザインし直したい」という油井氏の期待とはかけ離れていた。

「原因は私自身にもありました。現実に商売をする立場からすると、いろいろ不安もあるわけです。例えばテレビ1台なくすにしても、それでお客さんが来てくれるだろうかと恐怖を感じる。事業そのものをデザインし直したいと言いながら、私自身の中に安易な解決策を求める気持ちが残っていた」

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