中米の「ぶっかけめし」? 古いトルティーヤを後始末
今、中米の国・エルサルバドルに滞在している。日本に行ったことがあるというサルバドレーニョ(エルサルバドル人)がいたので、「日本の食べ物はどうだった?」と質問してみた。
「やっぱり本場の寿司は違うね!」とか「WAGYU、最高!」いう感想を期待してのことだったが、彼らの答えはこうだった。
「すべてがおいしかったけど、トルティーヤがどこにも売ってなくて恋しかった!!」
トルティーヤ(地域、人によっては「トルティージャ」と発音する)とは、乾燥したトウモロコシの粉に水を混ぜて薄く伸ばして焼いたもの。
メキシコや中米諸国ではご飯やパンのように、主食として食べられている。
「えー、日本食の感想、それかよー!」と少々ガッカリしたが、それだけ彼らにとってトルティーヤは日常に不可欠な食べ物。確かに日本のレストランでは「ご飯かパン」を選べても、トルティーヤは選べない。いくらおいしい料理があったとしても、いつもの主食を食べられないつらさのほうが勝ってしまうものなんだなぁと思った。
ちなみにスペインにも「トルティーヤ」という料理があるが、こちらはジャガイモなどが入った厚焼き卵のこと。スペイン風オムレツなどと訳される。かつてスペイン人により中米が征服された際、原住民がつくるトウモロコシの薄焼きパンを、同じ黄色い丸い食べ物という理由で「トルティーヤ」と呼ぶようになったのがその名前のいわれだそうな。つまりはまったく別物。
トウモロコシの粉のほうのトルティーヤの皮にひき肉やレタス、トマトなどを乗せて、二つ折りにしたものが「タコス」。
また、トルティーヤをトウモロコシの粉でなく小麦粉でつくったものを「トルティーヤ・デ・アリーナ」といい、これでトマトやアボカド、豆などの具を巻いたものを「ブリート」という。
日本でも「ブリトー」の名前でコンビニでも売られている、といえば「ああ、アレ」と思い浮かべる人も多いかもしれない。
このように主食ゆえ色々なバリエーションがあるのだが、とりわけ私のお気に入りは「ソパ・デ・トルティーヤ」(sopa de tortilla)だ。「sopa」はスペイン語で「スープ」、「de」は「の」という意味なので、「トルティーヤのスープ」ということになる。
これはトルティーヤを細く切って揚げ、ニンニクやタマネギが入ったトマトベースのスープに入れたもの。具はほかに生のアボカドがゴロっと入っていたりする。エルサルバドルのみならず、トルティーヤのあるメキシコや中米の国にはたいていソパ・デ・トルティーヤがあるようだ。
トルティーヤは通常、焼きたてアツアツのものが布やラップなどに包まれて提供される。これは表面が乾燥してしまわないため。このことが指し示すように、トルティーヤは時間がたつと、乾燥して硬くなってしまい、おいしくない。ソパ・デ・トルティーヤは、この硬くなってしまったトルティーヤを再利用して食べるために生まれたものという。
ちょうど日本人が、ご飯が余ったらおにぎりにしておいて、硬くなっちゃったから焼きおにぎりにして、さらにそこにお茶とかだし汁かけてお茶漬けにしちゃうようなものだろうか。トルティーヤも焼きたてを食べて、次には揚げたものを食べ、さらにはスープをかけて食べるというわけ。いうなれば「主食の三段活用」!?
そこには余りものをおいしく食べようという先人の知恵・お母さんの愛情が感じられる。旅先のレストランで食べる料理って実はその国の庶民の食事とはかけ離れていたりするが、このソパ・デ・トルティーヤは間違いなく家庭やレストランのまかないで食べられているんだろうなぁと思う。
そんなストーリーはもちろん、味も私のお気に入り。もともと私は中華料理の「おこげのあんかけ」や「硬やきそば」のようにカリッと揚げたものに「あん」とか「スープ」がかかっているものに目がない。
この手のものは最初にカリカリの食感、次にほどよくスープがからんだ味、最後は揚げたものがスープのうまみをたっぷりと吸ってトロトロになった状態と、一つの料理で変化する味や食感が楽しめる。こちらは「味と食感の三段活用」というべきか。ソパ・デ・トルティーヤにはまさしくそんな楽しみがある。
トルティーヤは国や地域によって少しずつ形が違い、メキシコのはクレープのように薄いのに対してエルサルバドルのはちょっと小さめでぽってりと厚い。パナマやホンデュラスなども厚めだと駐在員やバックパッカーたちから聞いた。厚めのほうが揚げた後でもトウモロコシの香りと甘さが残っていておいしいように思う。
日本でもソパ・デ・トルティーヤはメキシカンレストランなどで食べることができるだろう。ぽってりと厚めのトルティーヤ入りソパが食べたい人は、中米に旅行に行かれた際にぜひ試していただきたい。
(ライター 柏木珠希)
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