「空気を読まない」孫さん 久留米大付設の精神継承三木雄信・トライオン社長が語る(下)

「孫社長のプロジェクトに反対を表明することもあった。付設のモットーがそうさせた」と話す

一族が建設関係の会社をやっていたこともあり、就職は三菱地所へ。東京・丸の内のオフィス街を活性化するプロジェクトを担当しましたが、プロジェクト半ばで異動を命じられ、転職を決意。孫社長の実弟で、付設時代のクラスメートだった孫泰蔵さんに相談に行きました。泰蔵さんは2年遅れて東大に入りましたが、ゼミも私と同じ。付設を卒業してからも頻繁に会っていました。

相談したら、「兄貴に会う?」と聞かれ、ソフトバンクの本社で面会。すぐに入社が決まりました。

入社後は秘書として、どこに行くにも孫社長と一緒。正月に急に呼び出されて、孫社長と2人きりでその年の計画を練ったこともありました。

やがて、新規事業立ち上げ時のプロジェクトマネジャーも任されるようになりました。例えば、店頭株式市場のナスダック・ジャパン(現ジャスダック)や、インターネットサービス事業のYahoo! BBは、いずれも私が担当しました。

そのうち、孫社長は私が目を通した書類でないと、ハンコも押さない稟議も回さないようになりました。私は孫社長の考えを完全にコピーできるところまでいっていたのです。孫社長がいなくても、孫社長がおそらく言うであろうことを私が代わりに先方に伝える。私はいわば、孫社長のイタコでした。

ただ、けっして孫社長のイエスマンではなく、プロジェクトによっては私なりの考えで強く反対したものもありました。まさに、付設の「和して同ぜず」の精神がそうさせたのだと思います。

2006年、ソフトバンクを辞めて独立。トライオンを立ち上げた。

はじめのころは、ソフトバンクの小さな子会社の社長になれたらいいなと考えていましたが、買収を繰り返したソフトバンクは巨大になりすぎ、もはや子会社も大きなところばかりになっていました。

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