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私の履歴書復刻版

あだ名はミスター・ダンピング コスト下げの勲章 第4代経団連会長 土光敏夫(24)

2017/8/3

清貧ぶりと無私の姿勢で「メザシの土光さん」と慕われ、1980年代の行政改革の先頭に立った土光敏夫氏(どこう・としお、1896-1988)の「私の履歴書復刻版」。合併以後のIHIの競争力の源泉は、生産コストを下げるための並々ならぬ努力でした。合言葉は「固定観念を破れ」。おかげで土光氏はミスター・ダンピングとまで呼ばれます。

■「固定観念を破れ」――経済船型など次々採用 ミスター・ダンピングの異名も

真藤君が設計した船に「経済船型」という画期的なものがある。これは、米国の「ニューズウイーク」誌に「KEIZAI SENKEI」という固有名詞で紹介された。

「経済船型」は、「船は細長くなければならない」というこれまでの常識を破り、ズングリムックリ型の設計にしたものである。シャボン玉が球形になる原理と同じで、内容積が同じならば、球状に近づくほど壁面積が小さくなる理屈である。しかし、これを船型に応用すれば、当然、波形抵抗が問題になる。そこで、波をしのぐ工夫を加えれば、スピードは落ちない。

この種の船型の原理は、すでに実験室的には既知であり、理論的にも推定されていた。しかし、実際の船舶では予測できない現象が起きるし、失敗すれば何億という損害だ。そこで、だれも踏み切れなかった。ところが、真藤君はあえて踏みきった。つまり、「コロンブスの卵」である。

「当時は、なかなか注文が集まらず、船主も金を出し渋った。4万7000トンのタンカーでは、トン当たり127ドルのコストであった。そこで、私が、もう少し安く船を作りましょう。設計は、こうこう、こうして球状型にすれば、鋼材は6.5%の節約が出来る。スピードも公式試験では17.62ノットと、むしろ、この船型の方が優れている、というようなことを説明し、船主も乗り気になった。いわば、注文を受けんがための必死の気持ちから、この“経済船型”が出来た」

真藤君は、ズングリ型タンカー実現のいきさつを右のように語った。

この型の第1号船は、亜細亜丸(4万7000トン)。船価はトン当たり、10ドル下がった。このほか、真藤君は、船舶建造の生産コストを下げるため、種々の考案をした。たとえば、船体のユニットブロックを陸上でつくり、これを積み重ねる方法。また、パイプは90度と45度の二種類の曲げ角度に統一した。これも古くからのしきたりでは、船の配管パイプといえば、各種各様に曲げられているのが常識だったが、その固定観念を破った合理化であった。

石川島播磨では、この「固定観念を破れ」は、一種の合言葉であった。ただし、これをあまり強調しすぎたため、失敗もあった。

入社4年のA君。はじめて7億円の仕事を担当した。2隻の船造りである。

彼は、はりきって設計に新しい工夫を加えた。ところが、進水式直前、その船は、船尾の方が船首よりも高い、つまり“前かがみ”型になっていたことがわかった。2隻ともそうである。A君は泣きべそをかいたが、「早く対策を考えよ」とだけ言われた。A君は、すぐに船首を補強した。しかし、6000万円もよけいにかかった。A君はクビを覚悟していた。ところが、「事後の対策がよろしい。高い授業料を払ったと思って、今後はその体験を生かせ」とだけいわれ、彼は感激したという。

石川島播磨の生産コストを下げる努力は、なにも船舶だけではない。陸上機械にしてもそうだ。

このような合理化を背景にして、石川島播磨は、他社よりはるかに安い価格で、どしどし注文を受けた。お陰で私は“ミスター・ダンピング”などという異名をちょうだいしたが、採算は十分に合う仕事をしていたのである。

社内では、その悪評に憤慨し、「社長、なぜ反論しないのですか」と、正面きって不満をぶちまける者もいたが、私はただ黙っていた。弁明などをするより、まず仕事を――というのが、そのころの私の正直な気持ちであった。

石川島播磨が決して、赤字受注をしていない、という事実は、その後、タンカー受注競争が激しくなって、各社こぞって単価を下げ、ある程度、赤字受注もやむを得ないという状況になったとき、当社は、さっさとタンカー受注競争からおりていったことで証明出来たと思っている。

「赤字受注をするな」は、私が社内で繰り返し、言い続けたことである。

昭和39年(1964年)5月、石川島播磨は、名古屋造船と名古屋重工業を合併した。この両社とは、設立以来、資本的にも経営上も密接な協力体制で進んできたので、合併は時間の問題でもあった。この合併がなって、もはや思い残すことはなくなった。

この年の東京オリンピックが終わった11月、私は14年半すわった社長のいすを田口連三君に引き渡した。

この連載は、昭和57年(1982年)1月に日本経済新聞に連載した「私の履歴書」および「私の履歴書 経済人 第20巻」(日本経済新聞出版社)の「土光敏夫」の章を再掲したものです。毎週月曜日と木曜日に更新します。2012年、日経Bizアカデミーで公開した記事を再構成しました。文中には今日では不適切とされる表現や行為の記述などがありますが、作者が故人であり、作品の発表された時代的・社会的背景も考慮して、原文のまま掲載しました。

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