相続・税金

ぼくらのリアル相続

登記のできない自筆遺言 プロはどう切り抜ける? 税理士 内藤 克

2017/7/28

PIXTA
「先生、父の相続の際は大変お世話になりました」
「いえいえ。ところで申告のあと、財産の名義書き換えも無事に終了しましたか?」
「いやそれが、渋谷の自宅の名義変更がなかなかできなくて……」
「エッ?」
「あの遺言では物件の特定ができない、と登記官に突き返されたんです」
「分かりました。司法書士の先生と一度打ち合わせしましょう」

 遺言により相続人に財産を渡すことを遺贈といいます。最近はインターネットで検索すると、遺言の書き方について詳しく紹介しているサイトはたくさん見つかります。自筆証書遺言、公正証書遺言の違いについても以前より情報は豊富にありますし、このマネー研究所にも「遺言の公正証書を作ってみた 手続き簡単、所要30分」という記事がありました。

 自筆証書遺言の場合、「書式サンプルをダウンロードして自分のケースに置き換えて文章として完成させ、それを手書きする」というのが一般的な方法です。自筆遺言ではワープロ作成は認められず、全てを本人が手書きしなければなりません。最近では長文を手書きすることも少なくなりましたので、記載する財産が多い場合、「1カ所でも書き間違ったら全部書き直し」という作業にはうんざりするのではないでしょうか。このデジタル化時代に自筆遺言だけは超アナログなので、いずれはマイナンバーと連動した「電子遺言」の時代がくるのではないかと思います。

■遺言は有効、でも登記できない

 さて、それでは冒頭のケースはなぜ名義変更できなかったのでしょう。関係者と遺言の内容を整理します。

 被相続人 :甲(父親)
 相続人  :子A、子B、子C
 遺言の内容:孫X(Aの子)に渋谷の自宅を遺贈する
 (その他の財産については触れていないため、遺産分割協議で話し合うことになります)

 この相続案件は、まず子供3人(A、B、C)の間で「特別受益額が不公平だ」ということでもめました。特別受益額というのはいわゆる生前贈与をどれだけ受けたかということです。そのため、各相続人がそれぞれ弁護士に依頼して協議を行い、それが長期化していました。ただ、既に自筆遺言の裁判所での検認や、遺言に記載されていない財産についての分割協議も終え、あとは名義変更を残すのみ、という状態まではきていました。甲(父親)が所有していた不動産は冒頭のように「渋谷の自宅」しかなく、その物件が孫Xのものになることについては相続人全員、異議はありません。

 しかし法務局では、「その不動産が甲のものであるということは登記簿謄本で確認できるし、遺言が成立していることも認める。ただしこの遺言では登記はできない」という回答でした。なぜならば登記をするためには、以下のように遺言に正確に物件所在地を記載しておかなければならないからです。

・登記簿謄本(登記事項証明書)記載の「不動産の表示」
   所在:東京都渋谷区渋谷111番地の1
   家屋番号 東京都渋谷区渋谷111番の1の1

■遺贈から「死因贈与」に切り替え

 こういう書き方が必要なため、法務局としては自筆遺言に書かれていた「渋谷の自宅」では手続きが全くできないわけです。ですが登記官に指摘されたからといって、今さら自筆遺言に物件所在地を書き込むわけにもいきません。われわれ税理士や弁護士など専門家の間では「それでは遺言はなかったということにして、遺産分割協議書に織り込もうか?」という話にもなりました。

 しかし、遺言自体は既に裁判所で検認も受けていますし、いくら相続人同士で合意したからといって遺言がなかったことにはできません。次に「今回は子供Aが取得して、次の相続でXに渡すのはどうか」ということも検討しましたが、もめている状況下で、遺言と食い違う内容で話を進めることもできません。

 困難な状態でしたが、今回のケースでは被相続人が生前「自宅は孫にあげる」ということを本人や親族に伝えており、孫も了承し、異議を唱える相続人もいませんでした。そのため司法書士を通じて登記官に「文書化されていない『死因贈与』が成立しているのではないか」と主張し、相続人全員の同意書を取り付けて、認めてもらいました。

 死因贈与とは「贈与者の死亡によって効力が発生する贈与契約」で、財産を贈る側、もらう側の合意で成立します。財産を贈る側の一方的な意思表示である遺言とは異なりますが、税務上はどちらでも同じ扱いです(死因贈与という名称だが課税されるのは相続税)。全文手書き、日付がないとNGなどと意外に細かい遺言と違い、死因贈与は基本的に口約束でも成立するなど形式要件が少ないので、死因贈与となれば今回のような名義変更も可能です。弁護士、税理士、司法書士のチームプレーでどうにか切り抜けた案件でした。

内藤克
 税理士法人アーク&パートナーズ 代表・税理士。1962年生まれ、新潟県長岡市出身。97年に銀座で税理士・司法書士・社会保険労務士による共同事務所を開業。2010年に税理士法人アーク&パートナーズを設立。弁護士ら専門家と同族会社の事業承継を中心にコンサルティングを行っている。日本とハワイの税法に精通し、ハワイ税務のコンサルティングも行う。趣味はロックギター演奏。

相続・税金

ALL CHANNEL