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生きた証し、遺影屋さんが説く よみがえった祖父

立川吉笑

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NIKKEI STYLE

毎週日曜更新、談笑一門でのまくら投げ。今週のお題は「写真」ということで、暑過ぎて夢か現(うつつ)か、何が何だか分からないぼんやりした頭で、今週も次の師匠まで無事にまくらを届けたい。

人見(ひとみ)くんが転校してきたのは中学2年の夏だった。

新学期になって意気揚々と登校すると、僕の席の前にピカピカの机が置いてあって、それは人見くんの物だった。

僕は人羅(ひとら)という名字なので、出席番号順に座ると人見くんの席が僕の前になるのは当然のことだった。

人羅も人見も珍しい名字だったから、それだけですぐに意気投合した。後に人見くんが人見知りだと知ったけど、なぜか僕とはすぐに打ち解けられたみたいだった。

「人見くんのお父さんはどんな仕事をやってるの?」

と聞くと、

「家屋」

と返ってきた。

あまり聞き馴染みない「いえや」という職業を、建築士と解釈した僕は

「へぇー、大工さんなの?」

と聞いた。

すると人見くんは、

「いえや、じゃなくて、いえいや」

と言った。

いえいや。人見くんのお父さんは遺影屋さんだったのだ。

遺影屋と聞いて僕はすぐに、遺影用の写真を撮影するカメラマン的な仕事を想像したけど、実際はそうじゃなくて、店内で様々な方の遺影を販売するという、文字どおりの遺影屋さんだった。

恥ずかしながら僕は遺影屋さんという商売があるのをそのとき、初めて知った。

遺影自体は家の仏間とかおばあちゃんの家に飾ってある物を見たことはあったけど、まさかそんな遺影がお店で普通に売られているとは思ってもいなかった。

正直に、僕は遺影屋という仕事を初めて知ったと伝えたら、人見くんが、少しだけ寄っていかないかと誘ってくれた。

初めて足を踏み入れた遺影屋は、僕が思っている以上に遺影が置かれていた。

自動ドアが開くと同時に目の前に広がる遺影・遺影・遺影。

左も右も壁一面、隙間なく遺影で埋め尽くされている。4メートルはあろうかという高い天井まで、床からビッシリと遺影が並べられている。正面にはレンタルビデオ屋にあるような棚が3列分、店の奥までズラーっと続いていて、それぞれの面に遺影がビッシリ並べられていた。

レンタルビデオ屋みたいに、背表紙が見えるように並べてあるんじゃなくて、パッケージというか、写真全面が見えるように並べられていた。その並べ方をどうやら遺影屋業界では面陳(めんちん)と呼ぶらしい。

 僕は遺影がズラッと並ぶ光景を見て、「気持ち悪いな」とか「遺影を売り買いするなんて不謹慎じゃないかなぁ」と思ったけど、そうじゃなかった。

人見くんのお父さんいわく、遺影はその人が一番その人らしく写ったものだから、写真として、どれも素晴らしいものばかりらしい。確かに目に入る遺影に写っている方みなさんがとても良い表情をされていた。そしてその人らしさが写真に閉じ込められていた。

「人羅くん、人間は2回死ぬんだよ。1度目は死んでしまったときで、2度目はみんなに忘れ去られてしまったときだ。忘れ去られてしまったとき、人間は本当に死んでしまうんだ」

と、人見くんのお父さんに教えてもらった。だから自分が死んだ後でも誰かがこうして遺影を見てくれている限りはまだ死んでないのと同じらしい。

人見くんのお父さんは、全国各地から見られなくなった遺影を集めてはこうして店に並べることで、見知らぬ誰かを生かし続けているのだ。

そんな話を聞かせてもらっている間も、遺影屋にはたくさんのお客さんがやってきて、3人に1人くらいの割合で遺影は売れていった。

まさかそんなにポンポン遺影が売れていくと思っていなかった僕はただただ驚いていた。レジの方では

「領収書お願いします」

「宛名はどうしますか?」

「上様で結構です」

などと、僕には何のことだかさっぱり分からなかったけど、アルバイトのお姉さんとお客さんが何やらやりとりをしていた。

だれかが入店してきて自動ドアが開くと、表から店内に風が通り抜ける。その風が店の奥にかかっている「OVER18!」と大きく書かれたのれんをフワッと持ち上げると、向こうから裸の女の人が写った遺影が見えたような気がしたけど、何となく、詳しくは聞かないことにした。

店に置かれている遺影をよく見ると右隅に小さく値段が付けられていることに気づいた。「5000円(税別)」とか「7500円(税別)」とか「300円(税別)」とか、同じ遺影なのに、それぞれ違う値段が付いていた。

「どうして値段が違うんですか?」

と質問すると、人見くんのお父さんは人気がある遺影の方が当然値段は高くなると教えてくれた。それが資本主義さ、とも言っていた。

突然、店内にズンチャカ、ズンチャカ大きなBGMが鳴り響いた。それに合わせてさっきまでレジにいたお姉さんがハンドマイクを持って、

「さぁ、サービスタイム、サービスタイム! 今なら、こちらのワゴン内の遺影がどれも30%オフだよ~!」

と連呼し始めた。

大勢のお客さんがワゴンの方に押し寄せてきたから、僕たちは店の隅に避難した。

「今のお客さんたちは安さばかりを大事にするけど、本当は昔みたいに、こういう質の良い遺影が売れるような世の中になってほしいなぁ」

と人見くんのお父さんはつぶやいた。

何気なく見ると、そこには「750000円(税別)」と値札の付いた1枚の遺影があった。

75万円もする遺影ってどんなものだろうと興味本意でのぞくと、そこには3人の男性が写っていた。普通、遺影は1人で写るものなのに、なぜかこの故人は友達と撮った写真を遺影に選ばれたとのことで、それが珍しいから75万円という値が付いているらしい。確かに3人で写った遺影なんて見たことがない。

さらに驚かされたのは、他の2人はまだご健在だということと、真ん中に写っている人じゃなくて右側に写っている人が故人だということだ。

それから僕は店にある珍しい遺影を次々に見せてもらった。

「後ろ向きに立っているから後頭部しか写っていない遺影」

「レントゲン写真を遺影にしたもの」

「魚眼レンズで撮影された遺影」

「なぜか覆面姿の遺影」

「明らかに心霊写真な遺影」

「故人の上半身に見えるけど、少し見方を変えたらキスをしている男女にも見える遺影」

「オービス(自動速度違反取締装置)に撮られた遺影」

などなど、どれもが100万円を超える高価な遺影だった。

僕は遺影というだけで不謹慎というか、あまり意識したらダメだと思っていたけど、それは間違っていた。だって、人間は必ず死ぬものだから、言い換えれば生まれた人の数だけ遺影がある。遺影はその人が確かに生きていたという証しなのだ。僕が忘れなければ、本当はだれも死なないのだ。そういえば僕は、僕の家に飾ってあるおじいちゃんの遺影すら、それがどんな写真だったかはっきり覚えていない。

急いで家に帰って、仏間に飛び込んだ。

壁に飾ってある遺影のおじいちゃんは、とても良い顔をしていた。

「良い顔をしているなぁ」

と思った瞬間、おじいちゃんは生き返った。

(次回8月6日は立川談笑さんの予定です)

立川吉笑
 本名、人羅真樹(ひとら・まさき)。1984年6月27日生まれ、京都市出身。180cm76kg。京都教育大学教育学部数学科教育専攻中退。2010年11月、立川談笑に入門。12年04月、二ツ目に昇進。出囃子は東京節(パイのパイのパイ)。立川談笑一門会やユーロライブ(東京・渋谷)での落語会のほか、『デザインあ』(NHKEテレ)のコーナー「たぬき師匠」でレギュラーを務めたり、水道橋博士のメルマ旬報で「立川吉笑の『現在落語論』」を連載したり、多彩な才能を発揮する。

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