仕事のストレス減らす クイック・アンド・ダーティー
「人事異動で、これまでとは全く違う種類の業務を担当することになったが、ミスをしてはいけないと思うと、一つひとつの仕事に時間がかかってしまう。同僚や上司も忙しそうで、なかなか相談できずにいたところ、期日に間に合わず部署に迷惑をかけてしまった。どうしたら効率良く仕事をこなせるようになるだろう」。これは、教育関連企業に勤務するSさん(33歳)の悩みです。効率良く仕事をこなし仕事ストレスを減らすコツについて、帝京平成大学現代ライフ学部教授の渡部卓さんに伺いました。
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人事異動や就職・転職などで新しい職場に配属されたときは、仕事に慣れるまである程度の時間がかかり、業務の進め方やコミュニケーションに不安を感じる場面も多いかもしれません。しかし、それを1人で抱えてしまっては、仕事が一向にはかどらないばかりか、時にはトラブルやメンタル不調につながることもあります。
日本人は苦手?「完璧じゃなくても早く」という仕事の進め方
仕事のミスはできる限りしないほうがいいことは確かです。とはいえ、気負いすぎると、完璧を目指すあまり、逆にムダや非効率が生まれますし、精神的に追いつめられてしまうこともあるでしょう。
私が外資系企業に勤務していた当時、仕事には常に「Quick and Dirty(クイック&ダーティー)」が求められました。これは以前の記事(「休みベタな管理職ほどしっかり休む ヒントは4つのR」」参照)でも触れていますが、「完璧じゃなくてもいいから、早く」といった意味で、「スピード重視で、足りない点はその都度改善していけばいい」という考え方です。
日本人はもともと真面目で几帳面な傾向があり、修正を良しとしない雰囲気のある職場も少なくないでしょう。私自身もクイック&ダーティーの考え方を知った当初は、「早く仕上げることが最優先。そのためには、少しくらい雑になっても仕方がない」というように、妥協的な意味合いで捉えていました。しかし、実際にクイック&ダーティーを心がけてみると、この言葉は極めて前向きな姿勢を表していることに気が付きました。多少のミスがあったとしても、早く仕上げれば改善する余地がありますし、上司の意見なども反映して、よりブラッシュアップできる可能性もあるのです。
職場の慣習や、業務の進め方が複雑化していることが要因で、個々の仕事に時間がかかってしまう場合もあるでしょう。一般社員がそうした慣習やルールをいきなり変えることは難しいかもしれませんが、ルールに沿って仕事を進めながらも、その作業の意義を俯瞰(ふかん)してみて、本当に重要なことは何か、複雑なルールをシンプルに整理できないか、自分なりに見極めていくことが必要だと思います。
参考になるのは、企業会計における「重要性の原則」と呼ばれる考え方です。これは、簡単に言うと、「重要性の低い取引に関しては、簡便な会計処理が認められる」というものです。
企業会計の目的は財務内容を明確に示すことにありますが、すべての取引に関して詳細な会計処理を行うと、重要性の高い会計情報がそうでない情報に埋もれてしまう可能性があります。そこで、重要性の低い取引については簡便な処理が認められる一方で、重要性の高い取引については、詳細な会計情報が求められるのです。私は日頃の業務においても、この重要性の原則が生かされるべきだと考えています。
積極的な「ホウレンソウ」で気楽にやろ
う
仕事を効率良く進めるためには、自分だけで抱え込まずに、まめに上司やチームのメンバーなどにも進捗状況を報告し、判断に迷ったり、困ったりしたときには、相談することも大切です。
報告・連絡・相談の「ホウレンソウ」はビジネスの基本ですが、近年の若手社員の中には、自分からコミュニケーションをとるのが苦手な人も多いようです。「上司も忙しそうだから……」と遠慮してホウレンソウを怠っていると、いざトラブルに直面したとき、問題がより大きくなってしまうこともあります。私は新入社員研修の講師に招かれたときなどは、「ホウレンソウは『上司にしつこいと思われるかも……』と感じるくらいでちょうどいい」と話しています。
仕事の進め方に困ったら、「自分ではこうしていますが、なかなかうまくいきません。どうしたらスムーズに進められるでしょうか」と相談して、上司や周囲も巻き込んでいくといいでしょう。こうしたコミュニケーションを重ねることで、信頼関係が育っていきます。
私が外資系企業に慣れずにいたとき、上司や同僚からはよく「Take it easy!(気楽にやろうよ)」と声をかけられました。周囲からは私が1人で切羽詰まって仕事をしているように見えていたのでしょう。そう声をかけられると、肩の力が抜けたものです。余裕をなくしているときなどは、自分自身に向かって言ってみるのもお勧めです。
ワークライフバランスの観点から効率化の見直しを
最近は政府や多くの企業が「働き方改革」を進める中で、仕事の効率化や残業の削減などに注力する職場が多くなっています。気になるのは、そうしたときにさえ、完璧を目指そうとする姿勢が見受けられることです。
「仕事の効率を上げるために、雑談などの一切の『ムダな』時間を排する」「設定した数値目標に達するまで残業を無理やり減らす」という考え方では、根本的な働き方の改善にはつながらないだろうと危惧しています。働き方改革を進めるあまり、職場のコミュニケーションが減っている、ギスギスした雰囲気になっているという声を聞くこともあります。それではストレスがたまる一方でしょう。
ワークライフバランスが推進される一方で、その意義を体感的に理解し、実践しようとしている人は、日本ではまだ少数派のように感じます。自分や家族の生活や健康、趣味、生きがいにつながる活動など、大切にしたいことがあればこそ、それを実現するために、仕事に対する姿勢や取り組み方も変わってきます。仕事の効率化は、自身のワークライフバランスの観点から見直してみることも必要だと思います。
【まとめ】
・仕事は「Quick and Dirty(クイック&ダーティー)」で進め、ムダとストレスを回避する
・自分なりに重要なことは何か、シンプルに整理できることはないかを考える習慣をつける
・報告・連絡・相談の「ホウレンソウ」をまめに行い、上司や周囲との信頼関係を築く
・仕事の効率化は、ワークライフバランスの観点からも考えてみる
【渡部卓 働く人の心のコンディショニング術】
帝京平成大学現代ライフ学部教授、ライフバランスマネジメント研究所代表、産業カウンセラー、エグゼクティブ・コーチ。1979年早稲田大学卒業。米コーネル大学で人事組織論を学び、米ノースウエスタン大学ケロッグ経営大学院でMBA取得。複数の企業勤務を経て2003年会社設立。職場のメンタルヘルス対策、ワークライフコーチングの第一人者。著書に「折れない心をつくる シンプルな習慣」(日本経済新聞出版社)など。
(ライター 田村知子)
[日経Gooday 2017年7月18日付記事を再構成]
健康や暮らしに役立つノウハウなどをまとめています。
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