有森裕子 疲労回復トレーニング法、「LSD」の勧め
夏真っ盛りですね。この季節、トレーニングを追い込みすぎると疲労が蓄積されやすくなり、ケガもしやすくなります。トレーニング時の暑さ対策はもちろん、寝室の温度調節なども工夫して、質の高い睡眠をとるように心がけましょう。入浴後のストレッチもしっかり行って、疲労軽減のためのケアに努めてほしいと思います。
LSD(ロング・スロー・ディスタンス)で疲労を軽減!
夏の練習に限りませんが、現役時代の私が疲労軽減のためによく行っていたトレーニングの1つが、LSD(ロング・スロー・ディスタンス)でした。その名の通り、その人にとって楽なペースで、ゆっくり長く走ることを目的とした練習です。
ランナーの走力レベルによっても変わってきますが、LSDの効用は大きく3つあります。1つは、先ほども触れた疲労軽減のため。もう1つは心肺機能を高め、長距離ランに必要な遅筋繊維(持久力をもたらす筋肉)を増やして持久力をつけるため。3つ目は長い距離や時間を走りきったという自信をつけるためです。
LSDの効用
(1)疲労軽減に役立つ
激しい練習をした後は、当然疲労がたまります。そんな時、現役時代の私は「積極的休養」をとるべく、斜面のある山道を使ってLSDを行っていました。5~6時間、ゆっくりと走り続けるトレイルランニングのようなイメージです。
積極的休養とは、じっと何もせずに体を完全に休ませるのではなく、体を動かしながらほぐすことで疲労を軽減させることをいいます。例えば、土の山道をゆっくりと走ると、斜面の角度に合わせて着地しますから、足首がいろいろな方向に動く。すると、アスファルトの上ではあまり使わない足の筋肉を使うため、筋肉がほぐれやすくなるのです。私の場合、平坦な道よりも山道を走るほうが、筋肉の疲れが取れる実感がありました。
(2)初級ランナーの心肺機能を高め、持久力を上げる
LSDの効用の2つ目は、心肺機能が高まり、遅筋繊維が増えることです。すると、激しい練習をしても疲れにくくなりますし、ケガもしにくくなります。練習の質や量を上げて乗り切るためには、スタミナや筋肉といった基礎となる土台をしっかりと固めなければいけません。練習をステップアップさせるためにも、LSDは大切な役割を担っています。
ただし、ある程度練習を積んだ中上級ランナーの場合、LSDだけでは効果的な持久力アップにはならないと思います。「LSDで持久力をつける」という考え方よりも、1つ目に紹介した「疲労回復のトレーニング」としてLSDを活用するほうがいいでしょう。
(3)長い距離や時間を走り切ったという自信がつく
3つ目として、「長い距離や、長い時間を走りきった!」という自信をつける効果があります。これは、マラソン初心者には特に大事なことです。今まで走ったことのない距離を走り、未知の領域に足を踏み入れることで、「距離」への恐怖や不安が軽減されますし、「走ることが楽しい」といったモチベーションにもつながります。少しずつでいいので、10km、20kmと走れる距離を延ばしたり、1時間、2時間と走る時間を増やしていき、その自信を高めていきましょう。
長い距離を走り続けることに自信がない人は、もちろん途中で歩いても構いません。まずは、走ったり歩いたりを交互に織り交ぜながら長時間体を動かすことを目標にしてください。走る距離の割合が大きくなっていくほど基礎代謝も上がり、脂肪も取れて体のラインもスッキリしていきます。それを実感しながら息切れも少なくなってくると、もっと長い距離を走りたいという意欲につながるはずです。
歩行も食事もOKな「マラニック」って?
さらに、初級ランナーや長い距離に不安がある高齢者が安全に楽しく取り組める方法としてお勧めなのが、「マラニック」です。
「マラニック」は、「マラソン」と「ピクニック」をかけ合わせた造語。スピードは重視せず、周囲の景色を楽しみながら長い距離をゆっくりと走ります。走るスピードはおしゃべりができるほどのイメージでしょうか。「マラニック」に関して数多く執筆されている元・立正大学社会福祉学部教授の山西哲郎さんによると、息切れしない速さで、景色を楽しみながら走るのがポイントだそうです。初心者は30分が目安で、余力があれば、1時間、1時間半と徐々に時間を延ばしていきます。途中で体操やストレッチをすれば気分転換にもなります。
「マラニック」は、全国各地で数多くの大会が開催されています。順位やタイムを競わないものが多く、たまに歩いたり、食事を挟んだりしながら、仲間との交流の場にもなります。観光協会が主宰するものもあり、コース沿いの自然に触れて癒やされたり、観光地を巡ればその土地の歴史や今を知ったりする機会にもなります。距離も20km、30kmなど様々。1日かけて100km近く走る大会もあるようです。
ストイックな人ほどLSDやマラニックを!
1人で何時間も走り続けることへのハードルが高いと感じる人は、こうした大会を探して参加してみるのもいいかもしれません。大勢の中に混じって走れば、長時間走るつらさも軽減されるはずです。
また、家族や友人らを誘って、芝生がある広い公園などで、自分たち流のマラニックを実行してもいいでしょう。温泉などをゴールにすれば、そこで汗を流すことができますし、楽しみも倍になります。走る際は、軽量素材で作られたランニングリュックなどがあるので、それにドリンクや軽食、飴、帰りの電車で汗冷えしないような着替えなどを入れていくといいと思います。
もちろんこれからのシーズン、炎天下での長時間のランニングは危険にもつながります。午前中の涼しい時間からスタートしたり、休憩をこまめにとったりするなどの調整はしましょう。帽子や日焼け止め、サングラス、虫よけなどの用意も忘れずに。
マラソンは自分の限界に挑戦できる素晴らしいスポーツです。しかしストイックにそればかりにとらわれすぎると、タイムが伸びなくなった時やケガをした時に精神的なダメージを受けます。初心者だけでなく、中上級者もこうした「LSD」や「マラニック」を取り入れ、筋肉をほぐし、気分転換を試みたり、ランニングそのものや仲間や家族との楽しむ時間にしてみてはいかがでしょうか。
【「LSD(ロング・スロー・ディスタンス)」の3つの効用とポイント】
1 積極的休養による疲労回復
長い距離をゆっくりと走ることで筋肉がほぐれ、疲労回復の効果が期待できる。
2 心肺機能の高まりなどで疲れにくい体になる
心肺機能が高まり、遅筋繊維(持久力をもたらす筋肉)も増える。疲れにくい体が手に入り、ケガもしにくくなる。
3 長い距離を走ることへの自信がつく
長い距離を走ることに対する恐怖心がある初心者ランナーにとっては、ゆっくりでも走りきったことで自信がつく。マラソンに挑戦するためのステップアップにつながる。
元マラソンランナー。1966年岡山県生まれ。バルセロナ五輪(1992年)の女子マラソンで銀メダルを、アトランタ五輪(96年)でも銅メダルを獲得。2大会連続のメダル獲得という重圧や故障に打ち勝ち、レース後に残した「自分で自分をほめたい」という言葉は、その年の流行語大賞となった。市民マラソン「東京マラソン2007」でプロマラソンランナーを引退。2010年6月、国際オリンピック委員会(IOC)女性スポーツ賞を日本人として初めて受賞した。
(ライター 高島三幸)
[日経Gooday 2017年7月18日付記事を再構成]
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