母校は東京大学文学部だが、農学部の森林経営学や応用キノコ論、医学部の講義にも顔を出した。面白そうなことは何でも聞いてみたいし、やってみたい。それが桜子だ。
東大からキリン 次々挑戦
幸い06年4月に入社したキリンビールは好きなことは何でもやらせてくれる。とくに入社2年目、マーケティング部に配属となり、「何かいいかも」と思った商品はどんどん挑戦させてくれた。ホップを発酵の段階でも漬け込む「ディップホップ」製法による「グランドキリン」シリーズのほか、氷を入れて飲む「アイスプラスビール」など。これまで思いついた新商品案はゆうに30を超える。
代官山の店でもこの夏、新しい挑戦をする。名付けて「代官山リゾート・2017」プロジェクト。屋外のテラスにハンモックをつるし、風に揺られながらクラフトビールを楽しむ。上面発酵させたハッサクや梅、ラズベリーなど香り豊かなエールビールを用意し「フルーツまつり」だってやってみよう。
未完のまま、どんどん進化
「サグラダ・ファミリア(聖家族)教会のようなもの」――。桜子はスプリングバレーブルワリーをそう表現する。アントニオ・ガウディが設計したスペイン・カタロニアの聖堂で、着工後百年余り建築が続けられているがいまだ未完のまま。スプリングバレーもまた形を変えながらどんどん進化し、新しい姿を見せ続けていく、そんな場所であってほしいといった意味だ。
ビールはもっと自由でいい。多様性豊かで面白いはず。そう思う半面、「変わらなければ消費者からいずれ見放される」との危機感がある。1994年をピークに需要が落ち込み続けているのはその証拠だ。
責任はビールメーカー側にある。ビールは嗜好品で人の数だけビールの種類があってもおかしくない。なのにビールメーカーは大がかりな装置を作り、同じピルスナータイプのビールばかり量産してきた。つくればつくるほどビールメーカーの利益はあがった。
ビールそのものが貴重なお酒だった時代ならそれでもいい。実際、高度成長期はそうだった。「銀座の高級バーでしか飲めない貴重なお酒」といわれ、ビールというだけで珍重された。しかし、冷蔵庫の普及により家庭で飲めるようになった。キリンビールはその恩恵をもっとも受けたメーカーだ。
嗜好の多様化に対応
しかし、今は違う。ビールは変わらなければならない。嗜好の多様化に対応しなければならない。だから桜子は懸命にニーズのありかを探る。クラフトビールという商品を材料にして様々なボールを消費者に投げてみる。受け取ってもらえるのか、無視されるのか――。必死で目を凝らしているのだ。
スプリングバレー京都店もその挑戦の1つ。ビールは楽しい。バラエティー豊かで自由ですよ。そんなメッセージを京都の人たちに伝えられたらと思う。夏、恒例のホップ畑の飲み会は、「今年は京都でできたら」と考えている。
=敬称略
(前野雅弥)