民間が挑む月面探査レース 宇宙ビジネスの道を開くか
米国と旧ソビエト連邦が巨額の国家予算を投じて月への一番乗りを競った、最初の宇宙開発レースから半世紀近く。今、再び月を目指して白熱のレースが繰り広げられている。そのレースとは、米国のIT企業グーグルがスポンサーとなり、Xプライズ財団が運営する月面探査レース「グーグル・ルナ・Xプライズ」だ。
探査機を地球から打ち上げ、月面に着陸させ、その地点から500メートル移動させてデータを収集・送信する。このミッションを一番先に達成したチームが、賞金2000万ドル(約22億円)を手にする。最終ステージまで残ったファイナリストは5チーム。インド、イスラエル、日本、米国、それに多国籍のチームだ。2017年中に打ち上げを成功させる必要がある。
なぜ今、月を目指すのか
どのチームが勝つにせよ、使った費用が賞金をはるかに上回るのはほぼ確実。それでも、優勝して世界にその名が広く知られれば、今後大きなビジネスにつながると、どのチームも期待している。
1962年、当時の米国大統領ジョン・F・ケネディは演説を行い、60年代末までに月に行くことを決意したのは「たやすく成し遂げられるからではなく、困難だからだ」と国民に訴えた。一方、今回のレースに参戦する米国のベンチャー企業ムーン・エクスプレスの創業者でCEO(最高経営責任者)のボブ・リチャーズはこう話す。「月に行くことを決意した理由? 利益が見込めるからですよ!」
現時点でリチャーズの見通しが当たる保証はない。宇宙ベンチャーに失敗は付き物だ。それでもリチャーズは、世界で初めて1兆ドル(約110兆円)以上の個人資産を築くのは宇宙ビジネスの起業家だろうと予測する。たとえば地球上では希少だが、月には豊富にあるヘリウム3を採掘すれば、莫大な利益を生み出せるだろう。小惑星など地球の近傍にある天体でロボット技術を使って資源開発を行うアイデアも有望だ。
「空のかなたで、20兆ドル(約2200兆円)分もの小切手が現金化されるのを待っているんです」。そう話すのは、映画監督のジェームズ・キャメロンや大富豪が出資するベンチャー企業プラネタリー・リソーシーズの共同創業者、ピーター・ディアマンディスだ。同社が傘下に収めたアステランクは、60万個余りの小惑星に関する科学データと資源の推定価値を公式サイトで公開している。
このレースが、人々の関心をどれほど集められるかは疑問だ。アポロ11号のミッションには、宇宙飛行士が初めて月面に降り立ち、無事に地球帰還を果たすという人間ドラマもあった。しかし、今回のレースにはそれがない。
「注目すべきは、宇宙に行くコストが下がっていること、それも大幅に下がっていることです」と言うのは、宇宙ベンチャー「アストロボティック」のジョン・ソーントンCEOだ。米ソが人類を月に送り込もうと競い合ったレースがコンピューター草創期の巨大なマシンの開発に相当するなら、今の宇宙開発レースは、手頃な価格のパソコンの開発、もしくはその後のスマートフォンの開発にたとえられる。コンピューターの小型化も手伝って、月面探査でも小型化と低コスト化が進み、おもちゃのトラックくらいの大きさで、月面を移動し、地形を測量し、資源の採掘までこなす次世代マシンも夢でなくなりつつある。
日本のチームも参戦
日本からはチームHAKUTO(ハクト)が参戦している。「優勝すればうれしいでしょうが、それだけが目的ではありません」と、代表の袴田武史は話す。「私たちには、人々が進んで対価を払うような重要な価値を提供できる確かな技術があるんです。それを世界に示すために参戦を決めました」
HAKUTOがレースで月に送り込むのは4輪ローバーだけだが、将来的には2輪ローバーと連結した状態で探査を行う計画だ。HAKUTOの運営会社ispace(アイスペース)は、日本が誇る優れた小型化技術を生かして、過去の無人探査ミッションよりもはるかに高精度の機器で月面の探査や撮影、測量などを行う計画を立てている。
袴田は語る。「宇宙技術の革新にとって最大の問題は、もはや技術それ自体ではなく、それに関わる起業家精神にあると思います。宇宙で新しい市場を開拓するには、民間でもやれると世間にわかってもらわなければ。大規模な政府機関でないと月面探査ができないという古い固定観念を覆す必要があります」
(文 サム・ハウ・バーホベック、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック 2017年8月号の記事を再構成]
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