「走れメロス」で大ウケ 芸人誕生の瞬間とらえた写真
立川笑二
師匠と兄弟子の吉笑とともにリレー形式で連載しているまくら投げ企画。25周目。今回の師匠からのお題は「写真」。
ありがたいことに、私の実家には私が子供の頃から小学校を卒業するまでの間を撮った写真が多く、沢山のアルバムに収められている。
そんな多くの写真の中で1枚、僕が芸人になるキッカケとなった瞬間が撮影されているものがある。
私が小学5年生のころの学校の行事、学芸会で撮影されたものだ。
今回はそんな、私が芸人になるきっかけとなった出来事の話。25投目。えいっ!
私が通っていた小学校の学芸会では、毎年5年生は「走れメロス」の劇をやることが決まっていた。
5年生は、ひとクラス30人編成の4クラスに別れていて、各クラスから1名ずつメロス役を出すことになっている。
他のクラスでは立候補からの多数決でメロス役を決めたそうだが、私のクラスだけは先生の提案により、立候補した者同士でジャンケンをして、勝った者がメロス役になれるという運びとなった。
なんとなく「メロスやりたいなぁ」と思っていた私はメロス役に名乗りを上げ、ほかの立候補者たちとのジャンケンを制し、メロス役を勝ち取ることが出来た。
しかし、当時の私は健康優良児を通り過ぎてぶっちぎりの超肥満児であったため、多数決という名の人気投票を制してきた他のクラスのメロスたちと並ぶと、明らかに私だけが浮いていた。
人気者、人気者、人気者、肥満児。
かくして、この4人のメロスを中心にして劇は行われることとなった。
さて、この4人のメロスの出演シーンをどうやって分担するかというと、まず1人目のメロスは、わがままな王様にたてついたことで王様を怒らせてしまい「お前を処刑してやる」と命じられる。しかしメロスは2日後に少し離れた村で妹の結婚式があることを理由に、往復にかかる時間も含めて「3日間だけ猶予をくれ」と王様に頼む。「その間、友人であるセリヌンティウスを身代わりにたてるから」と言い、「俺は必ず戻ってくるから」とセリヌンティウスに誓い、お城を飛び出す。ここまでが1人目のメロス。
2人目のメロスは、お城を飛び出し、妹のいる村で妹の結婚式を見届ける。
3人目のメロスは、妹と涙のお別れをし、お城に戻るまでの間、山賊たちに襲われたりしながらも、はいつくばるようにしてお城を目指す。
4人目のメロスは、なんとか約束の時間にお城にたどりつき、セリヌンティウスと抱きしめあい、友情を見せつけて、王様を改心させる。
この4つのシーンに分けられることになった。そして、誰がどのシーンのメロスを演じるかということも、ジャンケンで決めることになった。
そして、私はこのジャンケンをも制してしまった。
勝った者から出演シーンを選ぶことが出来る。私は迷わずに一番オイシイ最後のシーンのメロスを選んだ。
しかし、この決定に他のメロスたちから苦情が出た。
超肥満児の私が最後のメロス役になると、セリヌンティウスとの友情のために、三日三晩寝ずに走ったはずのメロスが太って戻ってくることになる。これはおかしいと。
なるほど彼等の言うことも分からないではない。しかし、そんなことはジャンケンをする前に言うべきだ。「デブは目立つな」とまで言い出した誠実さのかけらもない他のメロスたちの意見を無視して、私は最後のシーンのメロス役を勝ち取った。
それから本番までの私は、学校での劇のけいこで手を抜かないことはもちろん、家に帰っても母ヌンティウスと父ヌンティウスを相手に、けいこを重ねていった。
そうして迎えた本番当日。私の両親ティウスをはじめ、多くの保護者たちが見まもるなか「走れメロス」の幕が開いた。
劇は順調に進んでいき、私が出る場面となった。
日が西に傾き、見えなくなろうとしている。メロスは戻ってこない。王様がセリヌンティウスに向かって言い放つ。
「これからお前を処刑してやる!」
このセリフをきっかけに私が舞台そでから飛び出し、両腕をいっぱいに広げて叫ぶ。
「メロスはここにいる!」
そのセリフを叫んだとたんに、客席がにわかにざわつき始めた。
どこからか聞こえてきた「あいやー、太ってるさー」の声を聞こえなかったことにしながら、あくまでも台本通りに劇を進めていく。
この劇のクライマックス。セリヌンティウスがメロスである私に向かって言う。「メロス、俺をなぐってくれ」と。
「俺はお前が戻ってこないんじゃないかと一度だけ疑ってしまった。そんな俺をなぐってくれ」
私がセリヌンティウスをなぐる。そして今度は私がセリヌンティウスに向かって言う。「俺の事もなぐってくれ」
「俺も一度、山賊に襲われてしまったときに心が折れ、あきらめてしまいそうになった。そんな俺をなぐってくれ」
なぐられた拍子にガクンと舞台に膝をついた私を、セリヌンティウスが泣きながら抱きしめて言う。
「メロス、お前はこんなにがんばってくれたのか」
少しの間をおいて、
「お前の体を見たらわかる!」
ドカーーーーン!
客席から発せられた、全身をたたきつけるような音に驚いて顔を上げると、大爆笑が起きていた。そこにいた皆が、手をたたいて笑っていた。
私はこれまでに味わったことのない快感を覚えた。
計算されたものではなく、ただのラッキーパンチでしかないのだけど、この出来ごとがきっかけで、私は人を笑わせることを意識するようになり始めた。
実家のアルバムには、舞台上でセリヌンティウスに抱きしめられている私の写真が収められている。その写真を見るたびに、あの時の感覚を思い出す。
あの快感をもう一度味わいたいがために私は芸人になったのだ。
現在、落語家になって7年目。まだ、あの時以上にウケたことはない。
(次回7月30日は立川吉笑さんの予定です)
1990年11月26日生まれ。沖縄県読谷村出身。2011年6月に立川談笑に入門。前座時代から観客を爆笑させ評判に。14年6月、二つ目に昇進。出囃子は「てぃんさぐぬ花」。立川談笑一門会のほかにも、立川吉笑、立川笑坊ら一門、立川流の若手といっしょに頻繁に落語会を開いて研さんを積んでいる。
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