デジタルとマス広告の溝、現場で考えた本に注目
リブロ汐留シオサイト店
ビジネス街の書店をめぐりながらその時々のその街の売れ筋本をウオッチしていくシリーズ。今回は定点観測しているリブロ汐留シオサイト店だ。6月に訪れたとき、「売れ筋ががらりと変わった」と話していた店長の三浦健さん。今月はどうかと聞くと、「初速がいい新刊が続いている」と、活況が続いているようだ。その中で目立った売れ行きを見せたのは、デジタル広告の今を現場の実感から描き出したクリエーティブディレクターによる一冊だった。
第一線が見たデジタル時代の広告論
その本は小霜和也『急いでデジタルクリエイティブの本当の話をします。』(宣伝会議)。デジタル領域が大きく広がった今の時代の広告論といってもいいし、その実践の手法や考え方を、広告の仕事の現場から考え抜いた軌跡を書き留めた本だ。著者の小霜氏は博報堂を経て独立したコピーライターであり、クリエーティブディレクター。最近の仕事でいうと、花王のヘルシア緑茶のキャンペーンやキリンビールの新しいノンアルコールビール「零ICHI」の広告などを手がける。第一線の売れっ子であるとともに、単に広告作品をつくるだけでなく、デジタルからマス広告まですべてを活用した広告戦略や、企業のコミュニケーション戦略全体のコンサルティングまで手がけている。その人が現場で考えたことをまとめた一冊だけに、広告やデジタル広告という枠にとどまらない示唆に富む内容だ。
デジタル広告とマス広告に横断的にかかわっている著者から見ると、広告の現場は両者の間に深刻な分断が起こっているという。大手の広告代理店はデジタルがわかる人材が少ない。一方、デジタルの方はクリエーターを育ててこなかった。その結果、デジタル周りにクリエーターがいないというのが現状だ。ここにきちんと橋をかけ、デジタル広告とマス広告に境目を設けずに広告全体、コミュニケーション全体を設計していく必要があるというのが著者の考えだ。
自身の仕事から具体的に語る
自身が手がけたヘルシア緑茶や零ICHIなどを例にとりながら、具体的に何をどう考えてウェブ動画や広告クリエーティブを作っていったかが丁寧に述べられていく。著者の考えの基本には「広告クリエイティブとは、モノとヒトとの新しい関係を創る(Createする)メソッド」という大原則がある。そこを押さえることで、ふわっとした芸術的な評価に向かいがちなクリエーティブと、ついつい表面的な数字を追いかけることが目的化してしまうデジタルとの「幸せな結婚」を夢想する。
デジタル広告の簡単な発展史や、最新のデジタル手法などについての知見も随所にちりばめられていて、デジタル広告の現状と問題点を知り、これからの企業のコミュニケーション戦略を考えるには格好の一冊だろう。「入荷してすぐに売れ出した」と三浦さん。電通のお膝元にある書店だけに、関係者が飛びついた本のようだ。
『多動力』『生産性』、なお上位に
それでは先週のベスト5を見ておこう。
紹介した本は堂々の1位。これに6月に訪れたときに紹介した『多動力』が続く。3位は昨年秋以来売れ続ける『生産性』で、4位にリクルートの事業立ち上げ手法を分析した本が続く。5位もデジタルマーケティングの本で、2月の発売以来こちらも長く上位で売れ続けている。
(水柿武志)