グルメクラブ powered by 大人のレストランガイド

World Food Watch

日本人の舌が育てた味 東京の老舗ロシア料理店

2017/7/13

 この5月、銀座のある名物料理店が店名を変更した。「渋谷ロゴスキー銀座本店」――。長く渋谷で営業し、2015年に銀座に移転した際、渋谷の名前を残したのだが、「銀座の店は渋谷の店を移転したのではなく、新しい店なのだと気付いた」(ロゴスキー副社長、横地美香さん)と、店名を創業当時と同じ「ロゴスキー」にした。渋谷には渋谷の店の想い出があり、銀座にはまた別の想い出が築かれていく。銀座での営業を続けるうちに、そんな心の変化が表れたのだという。

 「ロゴスキー」は創業1951年、日本で初めてのロシア料理専門店だ。軍人としてハルビンに駐留していた長屋緑さんが、同地で食べたロシア料理の記憶を基に、帰国後に妻の美代さんが料理を作って出したのが始まり。

美代さんが開店後ほどなく出した料理本『ロシヤ料理』(上) 学術書の様な本も執筆した(下)

 「祖父は軍で寒冷地の食料の研究に携わっていたらしいのですが、そもそも食い道楽で……。ハルビンにはロシア革命を逃れてきた白系ロシア人が多く住んでいて、ロシア人街があったんです。ロシア料理店もたくさんあって、色々な店に何度も通ったそうです。個人のお宅にもお邪魔したり、随分と食べ歩いたようでした」と夫妻の孫、横地さんが教えてくれた。「ロゴスキー」という店の名前は、緑さんが気に入っていたというハルビンのロシア料理店「ロゴジンスキー」を短くしたものだ。

 美代さんは、夫の舌の記憶だけで料理を作った。ロシア人に習いたくても、当時は周りにロシア人などいない。現地の料理本を取り寄せ、本を読むために40代後半に店を開いてからロシア語を学んだ。

 58年にはロシア料理の本まで出したが、美代さんがロシアを初めて訪れ現地の料理を食べたのは62年。「でも、実はその後も『ロゴスキー』の料理の味は大きく変わらなかったんです」と横地さん。味を伝えた緑さんの舌の記憶が、驚くほど確かだったということだろう。

今はブラックアンガスのヒレ肉を使っている「ロゴスキー」のビーフストロガノフ

 外国料理というと、いかに「本場の味」と同じかを求められることが少なくない。けれど、「ロゴスキー」では確信犯的に、日本人の舌に合う料理を意識してきた。

「日本とロシアとは気候もとれる食材も違うでしょ。だから、ロシアと同じレシピではおいしくないものもでてくる。大元はロシアのレシピだけれど、そこから大きく逸脱しない範囲で、和食をおいしいと思う日本人の舌を満足させるのは何か、日本で食べておいしいものを追及したのがうちの料理なんです」と横地さんは言う。

 創業当時のメニューを見せてもらうと、「ビフトローガ」というメニューがあった。ビーフストロガノフのことだ。「祖父が覚えていた音をそのまま書いたんでしょうね」。日本語名は、「肉野菜牛乳煮」とある。

「向こうではサワークリームだけで煮込む料理ですが、材料が手に入りませんから牛乳を使ったんですね。今でもサワークリームだけで煮込むとしつこくなるので、口当たりが良くなるようホワイトソースを合わせています」(横地さん)。ちなみに、この料理に使うマッシュルームは、当時の日本にはない食材なので、美代さんの料理本のレシピに書かれているのは、「椎茸もしくは松茸」だ。

 美代さんはアイデアウーマンで、「ロシア紅茶」も彼女が発明した。温かい紅茶にジャムを入れたものだが、実はロシアではそうした紅茶の飲み方はしない。ジャムは紅茶に添えて出し、お茶請けのように食べるものなのだ。

「祖母もそのことは知りながら、日本人は絶対そんな飲み方をしないってこの飲み方を考えたんです」(横地さん)。当時は紅茶にジャムのほかウオッカを混ぜていたらしいが、現在はワインとブランデーを少し入れた大人の飲み物。ジャムの甘さはあるけれど、左党もうれしい味わいだ。

グルメクラブ新着記事

ALL CHANNEL