4000年前の高貴な族長一家 デジタル技術で顔を復元
2010年、カナダ、ブリティッシュ・コロンビア州のセイリッシュ海を見下ろす遺跡で、驚きの発見があった。古代の貝塚の採掘調査を行っていたトロント大学の研究者と先住のシーシェルト族の人々が、およそ3700年前に埋葬された族長の墓を見つけたのだ。族長の体は、重さが30キロ以上あるビーズの衣装に包まれており、付近には族長の家族の墓もあった。
「ヨーロッパ人と接触を持つ前の北米で行われた埋葬としては、これは非常に手の込んだものと言えます」。発掘プロジェクトの責任者で、カナダ、サスカチュワン大学のテレンス・クラーク氏はそう語る。
カナダ建国150周年の記念日にあたる2017年7月1日、ケベックのカナダ歴史博物館とブリティッシュ・コロンビア州のテムズ・スウィヤ博物館で、デジタル技術によって復元された族長とその親族たちの顔が初めて一般に公開された。
生物人類学者とコンピューター生成画像(CGI)の専門家からなるチームが、シーシェルト族の長老たちの協力を得て作成したこの復元画像は、実に生き生きとして人間らしく、やや不気味に感じられるほどだ。「この画像を見た我々の部族の人間は、この人は私の叔父に似ているとか、あの人は誰それの奥さんに似ているなどと言っています」とシーシェルト族の部族評議員キース・ジュリアス氏は言う。
この族長の墓を含む遺跡が発見されたきっかけは、バンクーバーの北西に位置するシーシェルト族の土地で、浸食された土手から貝がらや遺物が顔を出したことだった。これに気づいた地元の研究者らが、その後、再び現場を訪れた際に石のビーズをいくつか発見し、考古学者に本格的な調査を依頼した。
浅い皿のような形状で、ところどころにレッド・オーカー(カナダの北西沿岸先住民が儀式に用いる顔料で、現在でも使用されている)のしみのある墓の中からは、50歳くらいの男性の骨が、脇腹を下にして体を丸め、海の入江の方角を向いた状態で寝かされていた。約35万個もの小さな石のビーズ(浴槽をいっぱいにするほどの量)を何列も平行につないで作った衣装が、彼の全身をすっかり覆っていた。
これほど大量のビーズを手作業で作るには、途方もない時間がかかったに違いないとクラーク氏は言う。頁岩(けつがん)や泥岩のかけらからビーズを作るには、まずかけらを研磨して錠剤の半分ほどの大きさの円盤を作り、そこに穴を開けなくてはならない。数年前、カナダ、ビクトリア大学の考古学者ブライアン・トム氏が、頁岩と石器を使ってこのプロセスを再現したところ、たったひと粒のビーズを作るのに平均で13分かかったという。熟練のビーズ職人であれば、おそらくその倍の速さで作ることができただろう。しかしそれだけのスピードで作ったとしても、族長の衣装を完成させるには3万5000時間以上が必要だった計算になる。
現金のない社会において、労働時間とは価値そのものであり、族長のビーズは「富が極端に集中していたことを示しています」と、カナダ、サイモン・フレーザー大学の考古学者アラン・マクミラン氏は言う(マクミラン氏は今回の調査には参加していない)。
若い女性の遺骸や輝く貝殻の首飾りも
クラーク氏のチームが遺跡の発掘範囲を広げると、さらに多くの墓と財宝が見つかった。族長の墓からわずか数メートル離れたところには、19~23歳で亡くなったとみられる女性の遺骸が埋められていた。その首には輝く貝がらの首飾りがかけられ、体は5700個もの石のビーズで飾られていた。さらに彼女の頭蓋骨周辺の土からは、およそ3200個の小さな貝がらのビーズが見つかった。ビーズのひと粒の大きさは砂粒の2.5倍ほどしかなく、石のビーズよりもはるかに作るのが難しい。「世界中のビーズの専門家に問い合わせましたが、どうやって作られたのかは誰にもわかりませんでした」とクラーク氏は言う。
これほど小さなビーズであれば、髪飾りとして女性の髪に編み込むこともできただろう。「おそらくこのビーズは、本来は真っ白でかすかなツヤがあり、黒髪につければとても映えたことでしょう」
この若い女性の近くからは、さらにふたつの墓が見つかっている。そのうちのひとつにはふたりの若い男性の遺骸が、2200個の石や貝のビーズと共に埋葬されていた。墓を調査したカナダ歴史博物館の生物人類学者ジェローム・チブルスキー氏によると、このふたりの男性には共通の特徴があり、双子だった可能性があるという。
「ふたりにはそっくり同じ埋伏歯があり、頭蓋縫合線のパターンも同じです」とクラーク氏は言う。もう一方の墓に埋葬されていたのは幼児の遺骸で、骨にはレッド・オーカーで塗られた跡があった。
族長一家が3700年前、どのようにしてこれほどの富を集めることができたのかはわからない。当時のセイリッシュ海岸沿いの住人たちは、魚を釣り、シカなどの動物を狩り、オモダカなどの炭水化物が豊富な根菜類を採集・栽培して暮らしていた。彼らが奴隷を所有するか、この時代特有の、複数の家族が共同で使う家に暮らしていたのであれば、あるいはこれほどの富を手にすることも可能だったかもしれない。
クラーク氏は、族長一家が他の人々にとって非常に価値のある知識を有していたため、祝祭の折などにさまざまな贈り物を受け取ったのではないかと考えている。「この一家は儀式や霊的なことに関する特別な知識を持っていたために、非常に裕福だったのでしょう」
カナダ、ブリティッシュ・コロンビア大学の考古学者アンドリュー・マーティンデール氏は今回の研究には参加していないが、研究チームがシーシェルト族の長老たちと協力して、古代の族長一家の顔の復元を行ったことを高く評価している。
「このプロジェクトでは互いを尊重し、力を合わせることによって、古代の人々の姿を復元しました。これは非常に重要なことだと私は考えます」
(文 Heather Pringle、訳 北村京子、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2017年7月5日付]
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