砂漠に現れたレース伴走犬ゴビ 二人三脚で世界駆ける
ディオン・レオナード(ウルトラレース走者)
僕は42歳のオーストラリア人アスリート。今は英国のエディンバラ市内に住む。体長35センチで体重7.2キロ、ふさふさした茶色い毛の小さなメス犬「ゴビ」(推定3歳)と僕の冒険物語、「ファインディング・ゴビ(ゴビを探して)」の書籍化・出版を記念したキャンペーンで今年6月に北米を回り、エディンバラへ帰ってきたところだ。
ゴビの姿はSNS(交流サイト)やテレビを通じ世界中に広まったのでどこの国、街でも道ゆく人によく、呼び止められる。世の中で恐ろしく悲しいニュースが続発するなか、僕とゴビの「ラブストーリー」に心救われる人々の数は、予想以上に多いようだ。
300キロ、究極の耐久レース
僕とゴビが出会ったのは約1年前、中国の新疆ウイグル自治区で開かれた155マイル(300キロ弱=1マイルは約1.609キロ)の耐久レースだった。5日間にわたり、テントと水以外すべてを自分でかついで走る究極のランニングで、体力と精神力を酷使する。レース2日目の朝、スタート地点で待機する僕の足元で、子犬がじっと僕を見上げ、しっぽをふっていた。100人もの出場者に踏みつぶされないか心配したが、子犬は短い足で跳びはねながら、うれしそうに走り始めた。
気温がセ氏ゼロ度近くの高地から熱暑の砂丘での上り下りまで、コース設定は過酷だ。厳しい風土は、人も動物も寄せ付けない。子犬は「すぐ逃げるだろう」との予想を覆して僕のペースに寄り添い、走り続けた。
子犬との関係が不動になったのは、3日目、幅が50メートル、深さが腰まである川を渡る場面だった。子犬は泳げないらしく、川岸を行ったり来たりしながら、きゃんきゃん鳴いて走り去る僕を呼び続けた。
僕は子供のころ崩壊家庭に育ち、戻る家を失い、路上で育った経験がある。親にも友達にも見放され一人きりだった自分と、泣き叫ぶ子犬の姿が重なった。競技に勝つことを忘れ、「助けたい」の一心で引き返した。抱えた子犬は、思ったよりずうっと軽かった。
砂漠の地名にあやかりゴビと名付け、エディンバラへ一緒に連れて帰る決心をした。5日間のレースの結果、僕は2位でゴールイン。ゴビは途中から、特別の計らいで輸送バスに乗って結局、77マイルを走破した。
ゴビ失踪とSNS
レース期間を通じ、ゴビの姿はフェイスブックやブログを経由して世界中に広まった。ゴビを英国へ連れて帰る資金集めに、クラウドファンディングも立ち上げた。結果は目標の6200米ドルを大きく上回り、3万8000ポンド(560万円弱)がファンの熱意で集まった。
僕はレースを終え、ゴビの入国に必要な4カ月間の動物検疫を英国内で待つため、エディンバラへ一足先に戻った。ところが、しばらくして「預けた知人宅から逃走した」との知らせが入った。人口300万人とされるウルムチ市内のどこかに、ゴビは消えた。
すぐにウイグルへ戻った僕は地元のボランティア、メディアの力を借りて捜索キャンペーンを開始した。テレビ局は毎日追いかけてくるし、これまで味方だと思っていたSNSには「資金詐欺じゃないか」との声が上がるなど、ゴビの喪失それ自体に加え、社会の圧力で打ちのめされそうにもなった。
捜索開始から4日目。道ばたでうずくまっていたゴビを、近所の住民が救い出した。この失踪は何だったのか? 「身代金目当ての誘拐だ」という人もいたが、真相はわからない。ゴビは無事に戻ってきたものの、頭部と後ろ脚に大きな傷を受けていた。車にはねられたのか、だれかに乱暴されたのか。心が痛む。手術を受け、ケガは順調に回復した。書類審査や検疫手続きを済ませ、ゴビがついにエディンバラへ到着したのは今年の1月2日。砂漠での出会いから、6カ月半が過ぎていた。
嵐の後に待ち受けていたもの
ゴビとの奇跡の再会を機に、映画制作やノンフィクションの執筆依頼が舞い込んできた。書籍は6月に英米豪で出版され、8月には子供用の絵本も出る。日本語版は今年12月、欧州と中国でも、来年には翻訳が出る予定だ。東洋の干支でいえば、2018年は戌(いぬ)年だから、絶好のタイミングかもしれない。
さらに米20世紀フォックス社が映画化権を獲得、19年の公開を目指している。ゴビ役として「かなりたくさんの犬が必要」ということだが、雑種で独特の面構えをしたゴビに似た犬が、そんなに大勢いるのだろうか?
ここエディンバラでは、毎日2~3時間の散歩が日課だ。すっかり人気者になったゴビは記念写真を撮られたり、僕も話し込まれたりするため、なかなか歩行距離が伸びない。それでも僕は、ウルトラレースを続けるつもり。今年12月にはペルーの南部の砂漠地帯で、同じく155マイルのレース参加を計画している。もっとも、ゴビはもはや伴走犬の使命を終え、エディンバラで留守番役に徹する。
(取材・翻訳=ニューヨーク 河内真帆)
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