フェミニズムの新局面 矛盾の中で平等求める
ダイバーシティ進化論(水無田気流)
大学でのジェンダー論の講義の際、女子学生から「先生は、男になりたいからこういう研究をしているんですか?」と質問されたことがある。悪意のない笑顔で言われ言葉を失いかけたが、「フェミニスト」とはそういうものと考えている人は案外多いのかもしれない。性差を完全に消去したがり、男嫌いで恋愛や結婚を糾弾する潔癖な求道者。そんなふうに捉えられているのだろうか。
この疑問に応えるように、今年はひと味違ったフェミニズム本が続けて翻訳された。ロクサーヌ・ゲイ著の『バッド・フェミニスト』と、チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ著の『男も女もみんなフェミニストでなきゃ』である。両書に共通するのは、著者が優等生の「フェミニスト」ではないどころか、かつては自分とはかけ離れた思想だと考えていたこと。2人とも黒人女性で、白人女性主導のフェミニズムとは異なる感性を持つことだ。
ゲイは、自分は「バッド・フェミニスト」だと言う。ピンクが好きで、女性蔑視的な歌詞の歌に合わせて踊ってしまうこともある、と。アディーチェは、ハーレクインの恋愛小説が好きで「男性のためではなくて自分のためにリップグロスを塗ってハイヒールを履く、ハッピーなアフリカ的フェミニスト」と自称する。
これらが示すのは、「フェミニスト」という言葉が負わされてきた重荷だ。女優のエマ・ワトソンが、胸を半分見せた写真をファッション誌に掲載したところ、「えせフェミニスト」と批判された。「セクシーなファッション=男性への媚(こ)び」との見方が根強いことの証左といえる。
女性の「美」は、男性のためのものなのだろうか? そんな古めかしい考え方こそ、捨て去るべきだ。1980年代以降の第三波フェミニズムは、人々の美意識や望ましさを多角的に検討し、多様なジャンルに浸透した。シンガーソングライターのビヨンセは自身の曲でアディーチェのスピーチを引用し、「私たちはFlawless(完璧)なの!」と高らかに歌った。
一方、ゲイは言う。フェミニズムが完璧ではないのは、人間が完璧ではないことに根ざしている、と。欠点や矛盾だらけの中で、それでも男女が平等な機会を与えられることを求める。その主張は、フェミニズムが純粋な理念にとどまらない、生命力あふれる運動体であることを示している。
1970年生まれ。詩人。中原中也賞を受賞。「『居場所』のない男、『時間』がない女」(日本経済新聞出版社)を執筆し社会学者としても活躍。1児の母。
[日本経済新聞朝刊2017年7月10日付]
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