WEB上で遊ぶ「想像の海」 特設サイトで超深夜寄席
立川吉笑
毎週日曜更新、談笑一門でのまくら投げ。今週のお題は「海」ということで、今週も次の師匠まで無事にまくらを届けたい。
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暖かくなってきて、「梅雨が空けたら海にでも行くかぁ」とそろそろ夏の計画を立てたいところだけど、どうやら今年の夏は海に行けなさそう。
というのも、ありがたいことに、最近ちょっと忙しい。
前座・二ツ目・真打と3つの身分がある東京の落語界において、いま空前の二ツ目ブームが起きている。若手落語家をメインに起用するイベントやテレビ番組などの数が、以前では考えられないくらい増えていて、どうやら僕も二ツ目としてギリギリそのブームの恩恵を受けているようだ。
特にこの7月などは顕著にその傾向があって、これまでだと半年に1回あればラッキーだと思えていたメディア関係の仕事が、なぜか7月だけで6本立て続けに入っている。
昨日はNHK Eテレの落語特番の収録に行き、今日は大阪までBSジャパンの落語特番の収録に行ってきた。そして明日はファッションブランドのWEB広告収録に行くことになっていて、この3日間だけを切り取ったら、売れっ子芸能人になったような気すらする(もちろんそれが錯覚だとも理解している)。
現場に行くだけで役割を果たせるのならそれほどキツい日程ではないけど、新作落語を中心に活動している僕にくるオファーは大抵、「何かオリジナルのネタを用意してほしい」というようなものだ。収録に向けて与えられたテーマでネタを作り、稽古をしなければならないから、どうしてもスケジュールがタイトになってしまう。
そんなカツカツな毎日の中でさらに水面下で準備していることがあって、それは春風亭昇々兄さん、瀧川鯉八兄さん、浪曲師の玉川太福兄さんという、独創的な新作落語や浪曲をコンスタントに作っておられる先輩方と結成した「ソーゾーシー」というユニットの第2回公演だ。
4月に赤坂レッドシアターで開催したソーゾーシーの旗揚げ公演は完売御礼で無事に終わり、現時点で9月1日には江戸落語の聖地ともいえる新宿末広亭で開催することも決まっている。さらに第2回公演を7月中旬に開催することになったから、目下その準備に追われているのだ。
自分は自分なりに、自分にしか作れない落語を追求して活動している自負はあったけど、ソーゾーシーが始まって昇々兄さん、鯉八兄さん、太福兄さんを近くで見るようになって、少し自信を失った。自由にのびのびと考えていたつもりの自分がちっぽけに思えるくらい、兄さん方の発想は自由で広大なのだ。
4月公演が終わって、次のイベントをどうしようか打ち合わせをしている時、僕には考えもしなかった案が出た。
「次は1週間くらいWEB上でやろうか」
当然ながら、落語会は劇場で開催するものだけど、今回それをWEB上で開催してみようというのだ。しかも1週間。
7月14日から7月21日まで、「s-z-s.net」(現在は準備中。7月14日公開予定)という特設サイトで毎日何かしらの企画が更新される。「超深夜寄席」と銘打って夜中に4人が録り下ろしたネタ音源を公開したり、トークライブを生配信したり。最終日には、期間中に制作したネタを披露する落語会も開催し、その様子を生配信する。いわばWEB上で落語フェスのようなものを開催することになったのだ。
そのためにWEBサイトを作ったり、音源を収録したり文章を書いたり、落語家として通常の仕事をこなした夜中に、水面下でコツコツと準備を進める。そんな毎日が続いている。
「この企画はたぶん落語界で俺たちが初めてやるものだ!」
意気揚々と作業していたある日、
「ところで、これって閲覧料の回収ってどうするの?」
と深刻な問題に気付いてしまった。
どうやら最終日の落語会以外、我々が収入を得る術はない。
とはいえ、これをきっかけに一人でも多くの方に落語や浪曲を知っていただければ、それはお金としての収入以上に、演芸会にとってのプラスになるだろうと、ボランティア活動のつもりで作業を継続している。よく考えたら正座している落語家がすっぽり納まる縦長のスマホの画角って「落語配信にとても向いているんじゃないか」とか、新しい発見もいくつか得られた。
ということで、この夏は仕事に追い回されて海になんて行けそうにないと思っていたけど、よく考えたらソーゾーシーというイベント名の由来には、「想像の海(sea)」というものも含まれているから、そういう意味では思いっきり海を楽しめるともいえるのか。
ぜひぜひ夏の夜のおともに「第2回ソーゾーシー」、一度はのぞいてくださいな。なんせ無料ですから。
(次回7月16日は立川談笑さんの予定です)
本名、人羅真樹(ひとら・まさき)。1984年6月27日生まれ、京都市出身。180cm76kg。京都教育大学教育学部数学科教育専攻中退。2010年11月、立川談笑に入門。12年04月、二ツ目に昇進。出囃子は東京節(パイのパイのパイ)。立川談笑一門会やユーロライブ(東京・渋谷)での落語会のほか、『デザインあ』(NHKEテレ)のコーナー「たぬき師匠」でレギュラーを務めたり、水道橋博士のメルマ旬報で「立川吉笑の『現在落語論』」を連載したり、多彩な才能を発揮する。
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