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海に沈んだ島、干上がった湖――漁港の街の悲しき今 世界の果てのありえない場所

日経ナショナル ジオグラフィック社

2017/7/16

ナショナルジオグラフィック日本版

米チェサピーク湾の満ち潮に抗うホーランド島の最後の家。2010年10月撮影(写真:baldeaglebluff)

 自然の大きな力に、人類が抵抗することは難しい。いわんや自然を思いのままにコントロールすることなど、どうしてできようか? ナショナル ジオグラフィックの書籍『世界の果てのありえない場所』には、自然の猛威によって消えた街、あるいは人類の浅はかな行動によって失われた村など、廃墟と化した土地の数々が登場する。今回はその中から、「ホーランド島」と「ムイナク」を紹介しよう。

■海に沈んだ漁業の島

 チェサピーク湾は、米国はメリーランド州のハバードグラスからバージニア州のノーフォークまで、322キロにわたって細長く広がる河口域だ。湾内の大部分は水深が浅いが、それでも最深部は18メートルほどある。

 問題は、この100年間に潮位の上昇と沿岸の浸食が進んだこと。以前は陸続き同然に行き来できたはずの場所が、そうではなくなってしまったのだ。メリーランド州のあちこちに壊滅的な問題を引き起こすようになった。

 ホーランド島は、メリーランド州の沖合に浮かぶ、長さ8キロの細長い島である。ここには、1600年代の終わりにヨーロッパからの開拓者が定住した。島の名前は初期の移住者ダニエル・ホーランドに由来する。堤防や干拓で有名な、北ヨーロッパのあの国と関係はない。だが、この島の悲惨な現状を見れば、その名前はほとんど皮肉にしか思えない。2013年以降、ホーランド島は完全に水没してしまったからだ。

 しかし、そうなるまでには、水と果敢な戦いを続けたある人物がいた。スティーブン・ホワイトだ。結局は努力のかいなく敗れたが、島に残っていた最後の家と2つの墓を水没から守るため、ひたひたと迫り来る波と20年近くにわたる奮闘を繰り広げた。

 ホーランド島が最もにぎわっていたのはビクトリア朝時代末期のことだ。20世紀に入ったばかりのその頃、島には東西の海岸に並行して走る2本の道沿いに60軒の家が建ち並び、360人が住んでいた。島民のほとんどは漁師で、湾内で豊富に獲れるカキやカニ、貝類や海鳥を売って生計を立てていた。ちなみにチェサピークという地名は、先住民アルゴンキン族の言葉で「貝がたくさんいる大きな湾」という意味だ。貝類は今でもメリーランド州の名産品である。

 だが、ホーランド島の漁業の繁栄は文字通り砂の上に築かれたようなものだった。湾内の他の島と同様に、ホーランド島の地盤は岩ではなく沈泥と粘土でできていたのだ。1915年には異常ともいえる速さで浸食が進み、人々は島を去っていった。15年もしないうちに、島に住むのはペリカンとアオサギとアジサシだけになってしまったが、墓地とわずかに残った建物を手入れするために時々管理人が通っていた。

 1940年代にその仕事をしていたのがホワイトの伯父だった。まだ少年だったホワイトは伯父について島に行くのが楽しみだった。伯父が打ち捨てられた家を修理したり、漂着物や流木を拾い集めている間、ホワイト少年はロビンソン・クルーソーごっこをして遊んだ。

 やがてホワイトは成長して家を出た。しかし数十年後、退職して一艘のボートを手に入れたホワイトは、少年時代の思い出が詰まった懐かしい島へと向かった。上陸しようとした彼は、その変わりように愕然とする。あまりに多くのものが消え失せていたからだ。

ホーランド島は米国のチェサピーク湾内、メリーランド州の沖合に浮かんでいた

 たった1軒残っていた1880年代に建てられた2階家も、風雨にさらされて無残に傷んでいた。目の前の光景にぼうぜんとなりながら、ふらふらと水浸しの墓地に向かうと、崩れた墓石が地面に転がっていた。1893年にわずか13歳で亡くなったエフィー・ウィルソンという少女の墓だった。碑文には「どうか私を忘れないで。それだけが私の願い」と刻まれていた。それを見た途たん、ホワイトは涙を押え切れず、声を上げて泣いた。その時彼は、生涯をかけてホーランド島を救おうと固く誓ったのだった。

 政府機関に働きかけ、政治家を口説き、ついに島に残った家と大半の土地を7万ドルで手に入れると、彼は土地の消失を食い止めるために、妻のダイアンとともにほとんど毎週末を島で過ごすようになった。海岸に木で防波堤を築き、土嚢を並べ、全部で23トンもの石を手作業で積み上げた。しかしそれでも追いつかず、潮位は上がり続けた。2003年に襲ったハリケーン「イザベル」が島に生えていた樹木の半分以上を引きちぎり、崩れかけていた家にさらなる追い打ちを掛けた。

 新聞は、メリーランドから毎年1平方キロずつ海沿いの土地が消失しているという統計を示し、ホワイトのことを「ドチェスター郡のシーシュポス」と嘲った。シーシュポスとはギリシャ神話に登場する人物で、果てしなく虚しい努力のたとえである。それでもホワイトはあきらめようとはしなかった。しかし2010年、彼は重い病に倒れてしまう。たった1軒残っていた家はもはや自然の力に逆らいきれず、とうとう10月に倒壊した。その後数カ月の間に家の残骸も海にすっかりのみ込まれてしまった。現在では、ごくわずかに残った島の形跡も、満潮時には完全に水没する。

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