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「敗北」を抱きしめた戦後演劇の力

『その人を知らず』と『中橋公館』

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NIKKEI STYLE

「敗北を抱きしめて」。知日家の歴史学者ジョン・ダワーは第2次大戦のあと破滅の淵にたった日本人が、よりよき社会を希求する姿を感動的に描いた。平和主義は「押しつけられた」ものではなく、敗北を抱きしめた日本人が「つかみとった」ものだ――。そんな名著を思い出させる、ふたつの舞台に出合った。終戦からまもないころ書かれた「その人を知らず」と「中橋公館」である。ともに上演はまれ。若い演劇ファンにこそ見てほしい力作である。

これほど深く激しく戦争の悲惨を見すえた日本人がいたのか。三好十郎(1902~58年)の作品を見るたび、思うことだ。胸につきささるセリフの数々。文学座、文化座、民芸、青年座、東演の老舗5劇団が合同で公演した「その人を知らず」は、ずしりと重い上演3時間を超える大作だ。

題名はペテロがイエスを見捨てたときの言葉「われ、その人をしらず。この時、にわとり三度鳴きぬ」からとっている。先の大戦と向き合ったキリスト者が神を捨てるかどうか苦悩する話だ。作者の創作余話によれば終戦間近のころ、キリスト教の信条から召集に応じなかった男の話を聞いたとき「焼ゴテを当てられて血が吹きだして来たような気がした」という。結局会えなかったその男の像が作家のなかで膨らみ、1948年に戯曲として発表された。

時計工場の熟練工だった片倉友吉はイエスの「殺すなかれ」の教えを愚直に貫き、兵役を拒否する。憲兵隊の拷問にたえぬき、囚人仲間の尊敬をかち得る。友吉を親交に導いた牧師とのやりとりが、いかにも三好十郎のセリフだ。

大戦に大義を認めれば命が救われるが、否定し続ければ死にいたるかもしれない。説得工作する牧師は「私は助けたいのだ!」と「獄中転向」を促すが、ひ弱な友吉はあくまで頑強で「先生には、悪魔がとりついたのです」と言い返す。死をおそれない信仰の強さは人を感動させ、同時に畏怖させる。友吉の家族には苦しみが襲いかかり、父は命を絶つ。友吉に兆す神への懐疑。人間が人間を迫害するときの恐ろしい形とは、こうしたものだろう。

友吉が便所掃除をしながら歌う賛美歌の清澄さ。戦後演劇屈指の場面だ。ドストエフスキーばりの極限の会話が観客の胸をしめあげる。獄中場面だけでも濃厚な観劇体験となるが、戦後に燃えさかる組合運動の場面が後半につく。拷問で体を傷めた友吉は戦争への抵抗を貫徹した象徴として、ストライキを目指す組合に迎えられる。ところが争いをいさめ、左翼の活動家を落胆させる。戦争中も敗戦後も、友吉に居場所はない。

三好十郎は戦時中、名作「浮標(ぶい)」などで、戦地に向かう若者の命の熱さをたたえた。それゆえ戦後は戦争協力の姿勢が指弾された。だが、敗戦で誰よりも傷つき、涙した。文芸評論家の奥野健男はかつてこう書いた。「敗戦の乱世において、もっともぼくたち昏迷(こんめい)と虚脱の中にある日本人の魂を深くえぐり表現し、感動させた戯曲を書いたのは太宰治と三好十郎だった」

こんな逸話がある。敗戦後、大混雑する新宿駅で、ある少女が「老人と子供を先に乗せてください」と叫んだ。人々は粛然とし、整然と乗車しはじめた。そのとき号泣が起こった。「日本は滅びない、日本は滅びない」。しゃがみこんだ、その男こそ三好十郎であった。救いのない悲惨を見すえた「その人を知らず」はその実、救済の光を懸命に求めるドラマともいえるだろう。

以前にも演出経験がある鵜山仁がまとめあげた舞台。残念ながら演技陣の力量にはばらつきがあるが、友吉の木野雄大が青白い身体から透明な悲しみを発散させ、強い印象を刻む。無法者の山本龍二に精彩があり、大滝寛、大家仁志らが好演した。

背景に廃虚が浮かび上がる美術が秀逸だが、同じ乗峯雅寛がもう一つの舞台、文学座の「中橋公館」も手がけている。こちらは日の丸(赤が浮かんだり消えたりする)を背景に構成した。設定は北京、外地で迎えた雨中の敗戦日とその後の日々を大家族の群像劇として描いた、これも3時間に及ぶ重量級である。

作者の真船豊(1902~77年)は満州(中国東北部)をたびたび訪ね、北京で終戦を迎えた。日本人への風刺を外からの目線で描いた劇作家といえる。文学座にとっては創立メンバーでもある大切な作家だが、上演機会は多くない。「中橋公館」は1946年に発表されただけに写実的なセリフが生々しい。今見れば「ああ、日本人は当時こんな風だったのだな」と思わせられる。

大陸を駆けまわり、アヘン中毒患者の治療にあたる医師の父と家を支え守った息子を軸にした家族ドラマ。モンゴルの星空にロマンを感じ、狭い島国をあざ笑う食欲旺盛な父はかつて存在した「大陸浪人」ふうだ。しかし日本の膨張を促した活発な精神は敗北の現実を受け止められない。犠牲を強いられた家族からも非難される。大陸雄飛の夢をみた父世代と敗戦の現実を直視する息子世代。父と子の葛藤はそのまま、戦前の日本と戦後の日本が衝突する姿なのだ。

引き揚げか、残留か。体の弱い母、家庭に恵まれない娘たちを含め、揺れ動く心の模様は外地の視線でとらえた、もう一つの敗戦といえるだろう。リュックに詰めるだけの荷物しかもてない、落ちぶれた「敗戦国民」が向かう先は焦土と化した内地であり、たどりついても家や財産はない。威張っていた日本人が、まさに「その人を知らず」の荒廃した世界へと落ち延びていく。くしくも、この2作は日本没落をめぐるひとつながりの物語なのだった。

微妙な心のくるいを父の石田圭祐が柔らかく演じて、見事。この役者、地道に舞台を務めてきて味がでてきた。そんな夫を横目に家族を守った母の倉野章子が冷徹な悲しみをにじませ、すばらしい。息子役の浅野雅博ら文学座ならではのアンサンブルは、寄せ集め配役のプロデュース公演にないコクがある。

流行歌をおりこんでにぎやかに展開させるところに工夫があるが、足取りの重いドラマではある。が、劇団は敗戦後の心の静けさをすくいあげた。内地に向かう息子が心の支えとするのは、中国人の友人からたたえられた日本人の「しいんと静かで新鮮な精神力」だった。北京に残った父、母に訪れる静寂のしじまも深い。

三好十郎の感じた痛恨の思い、真船豊がとらえた精神の静けさ、敗戦で謙虚に再出発を誓った日本人の心はくりかえし反すうされるべきものだろう。日本人は傲慢になったとき、危うい。既成劇団の底力がそのことを感じさせる。

文学座の舞台を演出したのは気鋭の上村聡史で、先に安部公房の「城塞」を新国立劇場で手がけた。それは満州で迎えた敗戦の幻をめぐる狂気の演劇だった。このあと本拠の文学座でもう1本、やはり三好十郎の「冒した者」(9月6日から、文学座アトリエ)という敗戦後の問題作を上演し、戦争へのこだわりを前面に出す。

同じ文学座の鵜山仁は一昨年、これも三好十郎の傑作「廃虚」を演出し、読売演劇大賞の最優秀演出家賞を受けている。かねて三好十郎作品を未来形で上演すると話している鵜山の演出も力業といえた。戦争を語る言葉が政治の場で増えてきた。現代演劇は敗戦を抱きしめた日々の「言葉」をふりかえり、その先へと現在の「言葉」を向かわせなければならないだろう。

(編集委員 内田洋一)

 「その人を知らず」は7月10日まで、東京・あうるすぽっと。「中橋公館」は7月9日まで東京・紀伊国屋ホール、7月15、16日、兵庫県尼崎のピッコロシアター。

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