元すし職人、震災で渡米のはずが家具職人に 石巻工房石巻工房 代表取締役・工房長 千葉隆博氏(上)

夏が過ぎ、秋が来て、それでもまだ行く気満々でした。友達には「俺、米国に行くからさ」と話をし、パスポートも取り、家族で行ける準備もしていた。だけど、そのうちに話がなんだかややこしい方向に発展していったんですよ。

もとはと言いますと、カナダ国境で暮らすお金持ちの老夫婦が、日本で起きた震災のニュースを見て、売却しようとしていた家を被災者に無料で貸すことで支援できないかと考えたことから始まった話でした。「日本と言えばなんだ?」「すしだ」「そうだ、すし職人を呼ぼう」と町に1軒だけあるすし店に相談したら、「うちもちょうど職人を探したところだ。なんなら、その日本人を引き受けてもいい」となった。

シンプルで機能的な家具を生み出す工房

途中まではとんとん拍子に話が進んだのですが、いざビザを申請しようとしたら、向こうの入国管理局に「なぜ、自国の国民を使わずに外国人を雇用するのか」と難色を示された。田舎町だったもので、職人がカウンターに立って握るスタイルがまったく理解されなかったらしいのです。

「シェフはふつう、バックヤードにいるものだろう。カウンターに立つなら、それはウエーターか。君たちはウエーターに外国人を雇用するのか」と。間に立った人たちも頑張ってくれて日本の有名シェフから推薦文までいただいたのですけれど、結局、申請は却下。それまで、なんと2年もかかりました。

「趣味で飯が食えたら最高じゃん」と思い直す

英語もロクにしゃべれないのに、家族を連れて米国へ行こうなんて思う方がおかしいんですよね。あの時はたぶん、オヤジの影響を受けない「自分の仕事」が持ちたい一心だったのかもしれないですけれど。落ち込んだりはしませんでした。その時にはすでに、家具作りがおもしろくなっていましたから。

先の家具を作るグループが発展し、石巻工房という名前で活動を続けていました。当時、私は工房長という名のアルバイトでその家具作りに関わっていました。考えてみたら子どもの頃からモノを作るのは好きだし、「趣味で飯が食えたら最高じゃないか」と。そこからどんどんとのめり込むようになり、気がつけば家具職人となり、現在に至っているわけなのです。

千葉隆博
1972年、宮城県生まれ。地元高校を卒業後、北海道の建築系専門学校へ進学。家業のすし店で東日本大震災までの約20年間、すし職人として働く。震災後、2011年から石巻工房に関わり、工房長を経て、14年3月の法人化と同時に代表取締役。被災地でブランドを立ち上げた一連の取り組みにより、12年度グッドデザイン賞受賞。

(ライター 曲沼 美恵)

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