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中村あんり フレンチオーボエCDデビュー

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NIKKEI STYLE

オーボエ奏者の中村あんりさんが初のCDを出した。国際コンクール優勝の元サクソフォン奏者で、パリ留学中にオーボエに転向した異色の経歴を持つ。正統なフランス派奏法を継承するオーボエ奏者として注目が集まっている。

12歳からサクソフォンを習い、高校卒業とともにフランスに渡った中村さん。ベラン国際コンクールをはじめ、出場した国際コンクールのすべてで優勝するなど、若手サクソフォン奏者として将来を嘱望されていた。2001年に難関のパリ高等音楽院に首席入学。しかし同音楽院在籍中に古典音楽に目覚め、オーボエ奏者に転向した。サクソフォンの最優秀学生の転向は音楽院を揺るがす「事件」になったという。

パリ留学中に最優秀サクソフォン奏者から転向

オーボエは木管楽器の一種。ダブルリードから息を吹き込んで中高音域を鳴らす縦笛であり、澄み切ってよく通る音色が特徴だ。現代音楽やジャズ、ポップスが中心レパートリーのサクソフォンとは異なり、交響曲や室内楽でも盛んに使われ、クラシック音楽の演目が多数ある。「フランスに行ってから、オーボエとの接点が多い環境にいた。もちろんもっとサクソフォンがうまくなりたいと思って学んでいたが、オーボエという正直きわまりない楽器の方向性に引かれ、気付いたら楽器を変えていた」と中村さんは留学時代を振り返る。

転向のきっかけは、パリ音楽院に合格後、スイスのヴェルビエ音楽祭に行ったときのことだ。「私と同い年くらいの楽団員によるフェスティバルオーケストラのオーボエを聴いたとき、涙が止まらなくなった」と話す。サクソフォン専攻として現代音楽を中心に学ぶクラスに入っていたが、「クラシック音楽も学びたいと先生に言ったら、オーボエのクラスで教えてもらえと言われ、聴講しているうちに興味が募ってきた」。オーボエ奏者を志し、パリ音楽院を経てオーベルヴィリエ・ラ・クルヌーヴ地方音楽院修士課程を修了した。その間に出会ったのがフランスを代表するオーボエ奏者モーリス・ブルグ氏だ。

巨匠モールス・ブルグ氏の内弟子になる

ブルグ氏はスイスのハインツ・ホリガー氏と並ぶオーボエ界の巨匠で、「オーボエの歴史を変えた人」と中村さんは話す。「私はブルグ先生が教えていた学校の学生ではなく、彼の日常の中で教えてもらった。いろんな話をしたが、彼は日本の禅に興味を持っていた。いかなるときも自然のエネルギーや流れを大事にして生き、音楽をしている人だった」。中村さんはブルグ氏の内弟子となって研さんを積んだ。

なぜ高く評価されていたサクソフォン奏者の道を捨ててまでオーボエに引かれていったのか。「オーボエは研ぎ澄まされたものを目指している楽器。どの楽器でも一流の奏者の音は、私がオーボエに求めている音と似ている。どんな楽器にも音をきわめる性格があるが、オーボエは特にその性向が強い。楽器が勝手に正直な研ぎ澄まされた方に向いている」。単音で芯の通った音色。それでいて豊かな倍音が芯の周りに広がっている。集中力や精神統一といった、ブルグ氏が傾倒する日本の禅にも通じるものがオーボエの響きにはあるのかもしれない。

中村さんはフランスの美的センスとフランス語を体得するに十分な11年の滞在を経て帰国し、正統なフランス派奏法を継承するオーボエ奏者として演奏活動を続けている。そして5月25日、ついに中村さんの初めてのアルバムとなるCD「フレンチ・オーボエの飛翔(ひしょう)」(制作:ライヴノーツ、発売元:ナミ・レコード)が出た。ピアニストの斎藤雅広氏がプロデュースを兼ねて共演し、ファゴット奏者の霧生吉秀氏がプーランクの「オーボエ、ファゴットとピアノのためのトリオ」で共演している。

フランス近代音楽が中心のデビューCD

CDに収めたのはプーランクの上記の「トリオ」や「オーボエソナタ」、ラヴェル作曲(C・シュミット編曲)の「クープランの墓」などフランス近代音楽が中心だ。CDを作るきっかけは斎藤氏との出会いだった。「斎藤先生と仕事をしたとき、先生が弾いたピアノの音からフランスの情景がよみがえってきた。一緒にレコーディングをさせてもらえるのなら、フランス音楽中心で行こうということになった。斎藤先生にプロデュースしてもらい、私が演奏したい曲を書き出し、すぐに内容が決まった」

オーボエはきつく強い音も出せる楽器だ。中村さんが奏でるオーボエの響きは音量こそ大きくないが、真っすぐな、芯の強い明るい音色で旋律を描きながら、場面ごとに色彩を細やかに変化させていく。CDの最初から最後まで、倍音が漂う単旋律をはっきりとたどっていける。特にブルグ氏直伝のプーランクの「オーボエソナタ」では、シンプルで明瞭な音色、まろやかな倍音に包まれながらも正確で安定した音程、人間の声にも似たつぶやきや鼻歌のような表情付けなど、これぞフランスのエスプリ(機知)といった感じの音楽を聴ける。

「フレンチ」を標榜した初のアルバムながら、なぜかドイツ音楽も収めている。ロベルト・シューマンの妻でピアニストだったクララ・シューマンの「3つのロマンス」だ。「これはフランス音楽ではないと斎藤先生に言われたけれど、個人的に思い入れのある曲だからとお願いしたらOKが出た。私の留学中にフランスで多くの人が演奏し始め、いい曲だなと思った」

中村さんが留学していた2000年代は統一通貨ユーロが一般に使われ始め、欧州連合(EU)諸国の単一市場が実感され出した時期だ。筆者が住んだドイツでも、フランクフルトのような主要都市や西部の保養地バーデンバーデンなどでフランス語を頻繁に聞いた。移民や難民の問題を抱える現在の欧州だが、当時、国境を意識しなくなって最初に気軽にやって来たのは、隣国のフランス人だったという印象だ。同様にパリにもドイツ人観光客があふれる中で、フランス人が改めてドイツ音楽に強い関心と共感を抱いたとしても不思議ではない。その頃の思い出がクララ・シューマンの作品の演奏に結実し、CDに収められているのだろう。CDの最後ではロベルト・シューマンのロマンチックな歌曲「春の夜」を中村さんがオーボエで奏でている。エディット・ピアフのシャンソンのように情熱的な歌だ。ドイツの歌も似合うパリ。これも2000年代のフランスだった。

CDにはシャンソンそのものも器楽曲として入っている。オーリック作曲の映画音楽「ムーランルージュの歌」を斎藤氏がオーボエとピアノのために編曲した。一見、クールでおしゃれなフランス近代音楽と、分かりやすい感情表現のシャンソンが同居しているアルバムだ。「フランス近代音楽は一見サラッとしていて、わりと貴族的だったりするし、ルバートしないともいわれる」と中村さんは一般にありがちな見解を指摘する。ルバートとは、感情表現の起伏に応じて曲の速度を自由に加減しながら演奏することを指す。フランス近代のクラシック音楽は喜怒哀楽の感情の噴出を大げさに表現することがないと言われがちだ。

しかし実際はそうではないと中村さんは主張する。「フランス音楽には人間臭い内容がいっぱいある。確かにルバートはしないかもしれないが、すごく情熱的に演奏するフランス人は多い。歌曲やシャンソンは特にそう。フランス語の歌詞に豊かな含意がある。器楽曲だと言葉がないのでその分、楽器でいっぱい表現しなければならない」。でも感覚的なドビュッシーと情念的なピアフではだいぶ違うのではないかと聞くと、「ピアフとドビュッシーには共通点がある」とはっきり言う。それは「情熱やエスプリ」ということになる。「エスプリという言葉を辞書で引くと『機知』と出るが、とても人間臭いものだと思う」

例えばプーランクの「オーボエソナタ」だ。「プーランクの曲が持つエネルギーはとても激しいときがある。詩人で劇作家のジャン・コクトーと仲が良かったから、彼の曲には演劇の要素がある。メッセージ性も強くて、思いがすごく曲に出ている。場面も次々にがらりと変わっていく」と説明する。「そういうフランスの人間臭さが好きだし、それに真正面から向き合いたい。アルバムでも音楽のエスプリを情景として思い浮かべてもらえればうれしい」

ではブルグ氏から受け継いだ正統派の奏法、フランスらしい演奏とは何か。中村さんは「流派を特に意識しない」と言いつつも、「やはりフランス語という言葉からくる演奏法だと思う」と説明する。「フランス語はしゃべるときに鼻音を入れたり、舌や唇をすごく使ったりする。そういう話し方がそのままフランス人のオーボエ演奏では使われている」。確かにオーボエの響きとフランス語の発音が重なり合って聞こえそうなアルバムだ。美しいフランス語で秘めた情熱を語るような響きが全編にあふれている。ピアフやダミアらのシャンソンからエレーヌ・セガラやノルウェン・ルロワといった現代のフレンチポップスに至るまで、情の深いフランス語の歌声が聞こえてきそうだ。

今回の映像では6月15日、中村さんがピアニストの上野優子さんとヤマハ銀座コンサートサロン(東京・中央)でカミーユ・サン=サーンス(1835~1921年)の「オーボエとピアノのためのソナタ ニ長調 作品166」を練習する様子を捉えている。この曲は中村さんのデビューCDには入っていないだけに、ライブが貴重だ。2日後の同17日、同じ場所で開かれた「上野優子 with Friendsリサイタルシリーズ リストの系譜」の第3回公演に向けたリハーサルだった。

上野さんはパリ・エコールノルマル音楽院にも学んだ経歴があり、2人ともパリ留学組だ。上野さんの「リストの系譜」公演については前回の「ビジュアル音楽堂」で詳報した。本公演では超絶技巧を駆使したリストの「死の舞踏」を上野さんがピアノで独奏した後、2人のデュオとなった。デュオの演目はリストの作品が1曲だけで、それ以降はリストに関連付けてのシューマン夫妻とフランスのサン=サーンス、ラヴェルの作品だった。一大スペクタクルの「死の舞踏」とは打って変わって、静かで洒脱(しゃだつ)な曲が続いた。

サン=サーンスの「ソナタ」はその中でもとりわけしみじみとした情感が伝わってくる作品だ。今回の映像をご覧いただければ分かるが、オーボエとピアノはともに音数が少なく、特にオーボエはロングトーンのフレーズが多い。しかし演奏が難しいのは、非常な集中力で一音一音を鳴らしていく中村さんの様子を見れば納得できる。やせた体全体から息を吹き込み、小さな音でも全力で細心の注意を払って鳴らし、様々な表情の響きを絞り出す。リサイタルに向けて「腹筋を鍛えてきた」と話す中村さんは、各楽章を吹き終えるごとに汗にまみれる。演奏家はアスリートでもある。

シビアなバランス感覚を要するオーボエの真実さ

オーボエはオーケストラの音合わせの際に最初に鳴らす楽器でもあることから、音程が安定していると思われがちだ。しかし実際はまともな音を出すこと自体が難しいようだ。「すごくシビアなバランス感覚を必要とする楽器。音がピタッと来たときに真実さが出る。逆に言うと、ピタッと来ていないと真実さのある音が出ない。どこまでも真実を求めたい」と本物の音を厳密に追求し続ける姿勢を示す。自らの感性を大切にする美の求道者である。

共演した上野さんは言う。「オーボエはとてもよく通る楽器で、シンプルだけど響きが豊かなところに魅力を感じる。真っすぐな素の中村さんとオーボエの音の魅力はぴったり合っている。彼女がこの楽器を吹く理由が、2人で練習をしているうちに分かってきた」。2人はサン=サーンスのソナタの「純粋さを話し合って練習した」と中村さんは言う。「晩年に書かれた作品で、作曲家の幸福感が表れている」と上野さんは指摘する。中村さんは「第2楽章が特に牧歌的だと思う。フランスの田舎が思い浮かぶ音楽で、母性的な楽章でもある。上野さんが言う幸福感には私も共感している」と話す。上野さんのピアノ伴奏は静かに研ぎ澄まされ、少ない音の一つ一つに「幸せである」という作曲家の内省的な意味を込めているかのようだ。

「オーボエは単音を鳴らす楽器なので、(和音を出せる)ピアノがオーボエを誘導してくれるソナタが多い」と中村さんは言う。ピアノが生み出す穏やかな和声空間を、オーボエの旋律がさやかに飛んでいく。サクソフォン奏者だった10代から数えれば中村さんの音楽家としての経歴は長い。「オーボエを通して共演者や聴き手と共感できる奏者となって活躍したい」。そう抱負を語る中村さんは、デビューしたての新人のように、初々しい表情で真っすぐ前を向いていた。

(映像報道部シニア・エディター 池上輝彦)

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