ティッシュ配りやレジでスゴ腕発揮 アルバイトの達人
立川談笑
テーマは「アルバイト」。街で見かけるアルバイトの皆さん、といはっても実は社員さんでアルバイトではないかもしれないけど。そんな人々をながめてはそのスキルを観察するのが、ひそかな楽しみだったりします。
まずは街角でのチラシやティッシュ配り。あれって、以前よりもずっと数が少なくなった気がしませんか。かつては東京の新宿や渋谷など繁華な街に出かけると、駅前にはずらりとその手の人たちが待ち構えていたものです。すっかり動線ができちゃってて、その左右から次から次へとティッシュやらを差し出されて思うように歩けないほど。あれは困りました。あまりの数の多さから仕方ないのかもしれないけど、彼らを邪魔な存在として完全に無視して通行する一般人を目の当たりにしては、ずいぶんと心がもやもやしたものです。
私は仕事柄、街頭インタビューなどといって初対面の人をつかまえてあれこれと話しかけることが少なくありません。そんなとき、断られるのは当然。皆さん忙しいんですから。それでもとりわけ辛いのは、まるで無視されることです。こちらが丁寧に声をかけているのに、まったく視線を動かさずに通り過ぎる。わずかな瞬間に人格を否定された気すらします。ああ、書いていてつらいこと。
時給のためにと割り切って心を閉ざした表情で機械的にティッシュを通行人に差し出すアルバイト。その存在を無視して無表情で通り過ぎる人々。人の心と感情が摩滅してゆくかのような光景でした。ともあれ今はずいぶん落ち着いたように私には感じられます。配るアルバイトさんも、通行人側も余裕ができたような。といっても人それぞれでしょうけど。
そんなティッシュ配りで、すさまじいスキルの人を目撃しました。私は基本的には受け取らないのです。ティッシュもチラシも。「結構です」のジェスチャーとともに断るのが通例なのですが、ある駅前で行き会った、その彼のティッシュは思わず受け取ってしまったのです。我ながら驚きました。まるで合気道の達人にふわりと空気投げでもくらったような感覚です。「あれれ? 今、何が起こったの?」みたいな。
あまりの手際の良さに、その場にとどまって彼の観察をしました。通る人、次から次へとティッシュを手渡していきます。それもほとんど断られない。打率にして7割を超えていそうです。普通は1割だって怪しいのに。これはとんでもない技術だ。さらによく観察します。彼の表情は、フラット。ほほ笑むのと無表情の間くらい。そして、通行人と目線を合わせるかと思ったら、合わせない。これが意外。顔は向けるけど相手の目は見ない。
そして動きが独特です。なめらかな動きで、ティッシュを通行人の前でなく、横に出す。そのまま通行人の動きに合わせてティッシュと自分がしばし平行移動する。通行人、ちょっとして受け取る。なるほど!
とにかく押しつけがましくないのです。急な動きで警戒させたり、目線で圧迫を感じさせることがない。そして言葉こそ発しないけど「よろしければ、どうぞ」と控えめな提案といった感じで、判断の余地を通行人に与えている。こうなるとティッシュを差し出す手つきまでが優しく見えてきました。これぞ観察力と自己演出の極み。グッジョブ! いい仕事ぶりを見せていただきました。
あと、アルバイトとしてよく見かけるのがコンビニやスーパーのレジ係です。
どうかすると、これはサービス業に向いていないんじゃないかと思うアルバイトさんを見かけます。というのは、こんな人。おつりだとかレシートを受け取ろうとして客が手を出すと、手にはのせずにほんの少しだけ取りに来させる。ただそれだけ。分かりにくいですが、レシートを手渡す際に、たかだか3センチの距離だけ手をのばす手間を客に強いるのです。強いるっていうと大げさだけど、あれは間違いなく意図的です。いつも通っている近所のスーパーにひとり、薬局にひとりいます。お客さんは気づいてますよ。気持ちよく仕事ができるといいのにね。
また、こちらが急いでいるときに、それを察してくれないアルバイトさんも、つらいところです。マニュアル通りの丁寧な接客を心がけているのだろうけど、こっちがしきりに出口を気にしたりアピールしても、ちっとも気づいてくれない。ことによると「人生、そんなに慌てることはないのよ」と私を諭してくれているのでしょうか。
その点、せっかちな私が心の底から安心できるのは新幹線のホームにある売店です。どこの駅でも新幹線ホームでは弁当でもスポーツ新聞でも、手早くささっと処理してくださる。出発時刻が迫った車両に乗るそぶりを見せようものなら、信じられないくらいのトップスピードで買い物袋、釣り銭、レシートを持たせてくれる。快適すぎる。もう、できることなら生活のすべての買い物を新幹線のホームで済ませたいくらい。
最後に、私が好きなアルバイトさんの話。通いなれた店ともなると、お気に入りの店員さんがいます。近所のスーパーではTさんがとびきりです。手早くて、品物の扱いも的確で、応対も見事。
ずらりと並んだレジにお会計待ちの行列ができているとき、チェックポイントがいくつかありますよね。まずはわずかでも短い列を探します。次に、先客のかごの中の買い物の量。山積みのかごを持ったお客さんがいるところは避けます。それから、ご年配のお客さんが支払いに手間取ることが多いのも気になるところです。そんな中、Tさんはとにかく動きが早いのでどっさりしたかごもみるみる処理してしまいます。さらにお財布と格闘しそうなご年配のお客さんには「あと5円ありますか」「こちら5百円はお返ししますね」と優しく誘導してくれます。
そんなTさんが担当するレジは、ほかのレジよりもずっと長い行列ができています。理由は、常連さんはみんな列が早く流れるのを知っているから。たまさかTさんがレジでなくて売り場の品出しに回ってたりすると、「あー、このスーパーきってのポイントゲッターが何をしてるんですかあ」とじれったくなります。でも、そういう人は品出しも掃除もテキパキと高いスキルでこなすんです。彼女は時給いくらなんだろう。格別でないと合わないよなあ、なんて余計なお世話だ。
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次回のテーマは夏らしく、「海」。笑二から、よろしく。
(次回7月2日は立川笑二さんの予定です)
1965年、東京都江東区で生まれる。海城高校から早稲田大学法学部へ。高校時代は柔道で体を鍛え、大学時代は六法全書で知識を蓄える。93年に立川談志に入門。立川談生を名乗る。96年に二ツ目昇進、2003年に談笑に改名。05年に真打昇進。古典落語をもとにブラックジョークを交えた改作に定評がある。十八番は「居酒屋」を改作した「イラサリマケー」など。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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