敷金、「普通に」住んでいれば大半返還 民法改正で弁護士 志賀剛一

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Case:12 7年ほど住んでいた賃貸マンションを退去しました。賃料は月額9万円で、契約当初、大家には賃料の2カ月の計18万円を敷金として預けていました。敷金は最後に大半は戻ってくると思っていましたが、大家から壁紙や畳表の張り替え費用やクリーニング代を引かれ、返還されるのは約3万円だと言われました。7年間住んでいたのであちこち傷んでいますが、15万円も引かれるのは納得がいきません。

敷金は賃料などの「債務」の担保

5月28日に国会で成立し、2020年をめどに施行される改正民法についてはマネー研究所でもたびたび取り上げてきましたが、このコラムでは今回、敷金の返還について詳述します。敷金とは賃貸借契約の際、借り主から貸主(大家)に差し入れるお金の一つですが、これまでは民法にも明確な定義がありませんでした。しかし、改正民法では敷金は賃料などの「債務」を担保する目的で借り主が貸主に差し入れるお金だと規定。貸し借りが終わったら、敷金の額から貸主への債務の額を除いた金額を借り主に返さなければならないと明記しました(改正民法622条の2)。

つまり改正民法では、敷金は貸し借りが終わった後、借り主に何も債務が残っていなければ、全額返還されるべきお金だと規定しているのです。しかし、従来は敷金が全額返ってくることはなかなかありませんでした。私自身も昭和の時代に何度か引っ越しを経験していますが、当時は「敷金が半分以上返ってくればラッキー」という感覚でした。私は賃料を滞納していたわけではありません。では何が差し引かれていたのでしょうか。

「原状回復義務」詳しい規定なく

借り主は貸主に対し、借りていた部屋を元の状態に戻して返す義務を負っています。これを「原状回復義務」といいます。現行の民法は、契約が終了したら借り主は借りていた家屋を貸主に返す場合、家財などを撤去し、借りる前の状態に修復して返さなければならないと規定しているだけで、詳しい規定はありません。これまでは「自分が借りたときと同じ状態にして返すのが当たり前」という慣習と貸主と借り主の双方の思い込みがあり、壁紙や天井クロス、畳表などをすべて張り替え、さらにクリーニング業者の清掃費用などが記載された「原状回復費」の請求書が貸主から届き、これらを敷金から除いて余りがあれば、返金ということになっていました。さらに、請求額が敷金の額を上回ることも珍しくなかったのです。

しかし平成の世になったころからでしょうか、貸主の言いなりにならず、敷金の返還を求めて争う借り主がチラホラ出てきました。現行の民法でも契約に特に定めがない限り、経年変化や通常損耗の負担は賃主が負うとの解釈が可能で、借り主が勝訴する判例が複数、見受けられるようになりました。最高裁も、建物の借り主に通常損耗についての原状回復義務を負わせるのは、借り主に予期しない特別の負担を課すことになると判断しました。また、国土交通省が「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」を公表、原状回復に関する紛争の予防や解決の指針を示すようになりました。ガイドラインでは、経年変化や通常使用による損耗などの修繕費用は、賃料に含まれるものとし、貸主は借り主にそれを請求できず、敷金から差し引くこともできないとしています。

「通常でない使用」原状回復義務も

相談のケースにあるような壁紙や畳表の張り替えは、借り主が通常の住み方をしていても不可避的に発生すると考えられ、その修繕費用は貸主が負担すべきだといえるはずです。ガイドラインが公表された以降はこれに従うオーナーが増え、敷金が返ってくるようになったとも聞きますが、ガイドラインには強制力がないので、法改正が待たれていました。

この点、改正民法は判例やガイドラインを明文化し、「通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化」を原状回復義務の範囲から明確に除外しました(改正民法621条)。ただし、原状回復義務から除外されているのはあくまでも「通常の使用」により生じた損耗、経年変化であり、「通常ではない使用」により生じた損耗は法改正後も原状回復義務を負うことになります。たとえば、「元気すぎるお子さんが壁に穴を開けてしまった」「窓ガラスを割った」「たばこの火で畳を焦がしてしまった」「漏水を放置しておいたらあちこちが腐食した」などの損傷については、法改正にかかわらず、借り主に補修義務があります。

さて、今まで述べてきたのは賃貸借契約書に敷金に関する特約がない場合の話です。では特約がある場合はどうでしょうか。最高裁は「通常損耗については借り主の負担とする」というような特約は、借り主の負担すべき範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されている場合などに限り有効と判断しており、改正民法が施行された後もこのような特約自体は認められるものと解されます。ただし、「すべてを借りたときとまったく同じ状態にして返還する」というような包括的な特約条項は、改正民法の趣旨に反し、無効と解されるものと思われます。

敷金に関する「特約」に注意

退去したら数万円単位のハウスクリーニング費用が請求されたというトラブルがあとを絶ちませんでしたが、ガイドラインや改正民法の解釈上、契約書に特約がなければこのような費用を借り主の負担とすることは認められないでしょう。一方、契約書に特約が置かれている場合は判例の結論は有効、無効に分かれており、ネット上では「そんな特約は無効だから払わなくてよい」と書いてあるサイトも見られます。しかし、契約書に内容が明記されていて、金額も適正であり、借り主がそれを納得したうえで盛り込まれた特約なら有効であると解されます。賃貸借契約を結ぶときに契約内容をしっかり確認すべきでしょう。

志賀剛一
志賀・飯田・岡田法律事務所所長。1961年生まれ、名古屋市出身。89年、東京弁護士会に登録。2001年港区虎ノ門に現事務所を設立。民・商事事件を中心に企業から個人まで幅広い事件を取り扱う。難しい言葉を使わず、わかりやすく説明することを心掛けている。08~11年は司法研修所の民事弁護教官として後進の指導も担当。趣味は「馬券派ではないロマン派の競馬」とラーメン食べ歩き。
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