アサヒビール社長 平野伸一氏

当然だった。何しろアサヒはその時点で中国事業には100億円も使ってきたのだ。ようやく「スーパードライ」の快進撃で会社はいい流れに乗っていたころ。失敗して歯車が悪い方に回り始めれば元も子もない。だが、社長の瀬戸雄三は断固として「やれ」。平野はやるしかない。役員の心配をなだめながら、どうやって前に進めればいいものか――。苦悶(くもん)しながらプロジェクトに取り組む日々が続いた。

中国ビジネスも「たたく暇」なし

青島ビールとの仕事では平野が中国に出向くことが多かった。中国とのビジネスの場合、まず相手と直接交渉しなければ事は進まない。案件が浮上する度に中国に行って一つ一つ折衝、状況をその度に瀬戸に報告していった。

この時、平野がとったのが成田空港に着くとすぐさま瀬戸に報告を上げる手法だった。成田でパソコンと公衆電話を通信回線で接続して瀬戸に送信してしまうのだ。帰りの飛行機の中で猛スピードで報告書を書きあげ、空港につくとすぐさま瀬戸に送信してしまう。会社に帰って先輩役員から「おい、平野、どうなった」と聞かれると、「それ、社長に報告してありますから、社長から聞いてください」。たたく暇を与えなかった。

こうして青島ビールとの合弁会社「深圳青島」は無事、立ち上がる。「あの、アサヒが青島と手を組んだ」。ビール業界では驚きを持って受け止められた。

そして、今や平野はアサヒビールの社長。最近、懸命に指示しているのが「各分野でトップをとれ」。確かにビールは「スーパードライ」がけん引、先頭を走る。しかし、ウイスキーもワインもRTD(低アルコール飲料)もトップどころか、トップとの間を詰め切れてもいない。

そこを何とかしたいという。トップに上り詰めれば、上からたたかれることもない。会社もぐいぐい頭をもたげていかなければ……。会社自身を打たれない杭に変身させたいと願っている。

=敬称略

(前野雅弥)