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ここでアルツハイマー病について簡単に説明しておこう。認知症には「脳血管性認知症」や「レビー小体型認知症」などもあるが、圧倒的に多いのがアルツハイマー病だ。このアルツハイマー病は、「アミロイドβ」などのたんぱく質が脳にたまって、脳の神経細胞がうまく機能できなくなることで起こるといわれている。

(データ提供:キリン)

今回の実験では、東京大学が保有するアルツハイマー病モデルマウス(アルツハイマー病の原因となる老廃物が早期に蓄積するような遺伝子を組み込んだマウス)に、イソα酸を微量に含む飼料を3カ月間投与した。

すると、イソα酸を含まない飼料の摂取群に比べて、イソα酸を微量に含む飼料の摂取群は、脳内の老廃物・アミロイドβの沈着が抑えられた。両群の大脳皮質での老廃物の量を比較したところ、2倍程度の差が生じた。

マウス脳内の大脳皮質の写真。茶色いシミのようなものが脳内老廃物(アミロイドβなど)。イソα酸を含む飼料を与えたマウスの脳(写真右側)は、アミロイドβの沈着が抑えられている(写真提供:キリン)
縦軸は、脳内の炎症により発生するサイトカインという生理活性物質の量(単位はμg/g)。この数字が大きいほど、脳内の炎症が多いことを意味する(データ提供:キリン)

「特に記憶を司る海馬、大脳皮質への沈着抑制が顕著に見られました。アミロイドβはいわば脳にできたシミのようなものです。これがアルツハイマー病の原因物質といわれており、脳内に蓄積すると、脳の中で認知機能や記憶を司る神経細胞がうまく働かなくなり、物が思い出せなくなったり、何をすべきか分からなくなったりします。加齢のほか、睡眠不足によっても増えます」(阿野さん)

今回のマウスによる実験では、脳内炎症が2分の1近くに抑制されたことが確認できたという。また、動物の行動学的な評価も実施しており、イソα酸の投与により、記憶の保持機能も改善されたことが確認できたそうだ。

イソα酸が「脳内のお掃除細胞」を活性化

では、この効果のメカニズムはどうなっているのだろうか。その秘密は「脳内にあるミクログリアという細胞にある」と阿野さんは説明してくれた。

写真中で赤い色で囲われているのがミクログリア。緑色で光る点が老廃物になる。イソα酸を与えたミクログリアは、脳内にある老廃物を多く取り込んでいることが分かる(写真提供:キリン)

「カギとなるのが脳内唯一の免疫細胞『ミクログリア』です。ミクログリアの別名は『脳内のお掃除細胞』。ミクログリアはアミロイドβなどの老廃物を食べて除去します。脳内の組織の修復、シナプスの伸長などを日々行ってくれるほか、ウイルスが侵入してきたとき、防御する重要な細胞です」(阿野さん)

そんな賢い細胞が脳内に存在していたとは初耳である。これはますます期待できそうだ。

「しかし、加齢によりミクログリアの機能が低下すると、アミロイドβを除去する機能は低下します。さらに、脳内でミクログリアが過剰反応すると炎症反応を引き起こし、活性酸素を発生させることで周囲の神経細胞にダメージを与えてしまうのです」(阿野さん)

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ヒトの脳の情報伝達機能も改善した