努力だけでは成功できない 運と偶然の力を考える
ロバート・H・フランク著 「成功する人は偶然を味方にする 運と成功の経済学」
国内で1日に刊行される新刊書籍は約300冊にのぼる。書籍の洪水の中で、「読む価値がある本」は何か。書籍づくりの第一線に立つ日本経済新聞出版社の若手編集者が、同世代の20代リーダーに今読んでほしい自社刊行本の「イチオシ」を紹介するコラム「若手リーダーに贈る教科書」。今回の書籍は「成功する人は偶然を味方にする 運と成功の経済学」。実例をもとに「成功」にまつわる誤解をあばき、偶然や運との付き合い方を経済学の視点から解説します。
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著者は、米コーネル大学ジョンソンスクールの経済学の教授で、ニューヨーク・タイムズ紙に10年以上、経済コラムを執筆し続けています。著書に「ウィナー・テイク・オール――『ひとり勝ち』社会の到来」などがあります。
努力しても、成功できるとは限らない
「努力すれば成功できる」――。多くの人はこのように言われて育ち、成功をつかみとるために、受験や就職、結婚などの人生のターニングポイントに向けて努力してきたでしょう。しかし、終わりが見えない競争に疲れている人も多いのではないでしょうか。著者は成功の大きな要素として、才能や努力だけではなく「運や偶然」が不可欠だと主張します。
(第1章 わたしが知るかぎりのことを教えよう 35ページ)
著者が提示する調査データによると、「自分は上位50%に入る程度には優秀だ」と信じる人は、50%をはるかに超えます。彼らは成功に必要な努力を惜しみませんが、いつしか成功へのハードルは予想以上に高いと思うようになり、夢に向かう努力を諦めてしまうといいます。
一方、サクセスストーリーに登場する多くの著名人が、偶然を味方につけたことで成功したにもかかわらず、「努力で成功をつかみ取った」と語られがちです。それは、運や偶然が成功のカギになるという現実を直視したくない人が多いからではないか、と著者は分析します。
ビル・ゲイツ氏にも「運」は重要だった
マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏が通った私立中学は、当時最先端だったタイムシェアリングのコンピューターに接続したプログラミング用端末を備えていました。それを使えた「幸運」が、ソフトウエア開発の才能を開花させたのです。著者が引用したゲイツ氏のインタビューはこうです。「わたしはあの若さでソフトウエアを開発する機会にだれよりも恵まれた。それも幸運が続いたおかげだ」。
ゲイツ氏のように、生まれた家庭や環境によって与えられた「ささいな優位性」の積み重ねが成功をもたらすことが多いと、著者は指摘します。偶然を成功の要因として認めることは、自分へのプレッシャーを少なくすることにもつながるといいます。「努力をすれば、必ず成功はつかめる」という思い込みが、結果的には自分の首を絞めることになってしまうからです。
(第1章 わたしが知るかぎりのことを教えよう 40ページ)
成功には、他者からのサポートが欠かせない
成功に大切な要素を調べるために、著者はある実験を行います。大成功した起業家のインタビューを用意し、結論の部分を一つは「能力によって」、もう一つは「幸運によって」と変更し、それぞれ被験者に読ませました。すると「幸運によって」の方を読んだ被験者が、起業家に対して概して好意的な印象を抱くという結果が出たそうです。
(第8章 まわりに感謝する 197ページ)
置かれた環境や、偶然の連鎖を認識することで、自分の周りの「あたりまえ」のありがたさに気づくことができます。普段よく聞く、成長や競争とは違った角度から「成功」について考えを深めることができる一冊です。
(雨宮百子)
◆編集者からひとこと 堀川みどり
「成功は運で決まる」。本書の説得力は、様々な実験データや事例、統計などの根拠に裏打ちされています。
こう聞くと、努力は無意味と言われているようで身も蓋もなく悲しくなりますが、もちろんそうではありません。筆者の主張は「努力や実力は成功のために必須だが、努力があり才能があっても経済的に成功する人は一握りで、それを決めているのは運である」ということです。さらに「努力や実力がより報われ、社会全体の幸福度をより向上させられる政策がある」といいます。
著者はコーネル大の人気経済学者。運と成功の関係に始まって政策提言に終わる、非常に広い視点をもった本ですが、書き口はとてもやわらかく、著者自身が経験した驚きの幸運エピソードなどとともに楽しく読み進めることができます。
ちなみに、社会全体の幸福度を上げるのに重要なのは「成功者が自分の成功は幸運によるものだと認めること」とのこと。みなさんや、まわりの人はいかがでしょうか?
「若手リーダーに贈る教科書」は原則隔週土曜日に掲載します。