2017/6/14

介護に備える

仮説のひとつが、「共通原因説」。「脳にはたくさんの神経細胞が集まっています。例えば動脈硬化や糖尿病などは神経を障害しますが、音を聞きとる感覚神経と、認知機能をつかさどる中枢神経に同時に影響が及ぶと、同時並行で聴力と認知力の機能低下が起こります」(内田さん)。つまり、難聴があるから認知症になるのではなく、難聴と認知症に共通の原因が作用するという考えが共通原因説である。

難聴の人はそうでない人に比べ脳のワーキングメモリーの容量がいっぱいになりやすい?(c)artqu-123rf

もうひとつは、「Effortful Listening仮説」あるいは「認知負荷理論」というものだ。Effortful Listeningは直訳すると努力して聞くということ。私たちの脳には、パソコンでいうところのワーキングメモリー(情報を一時的に保ちながら操作するための領域)があり、例えば、「2階にメガネを忘れたから取ってこよう」という行為は、このワーキングメモリーに入れられて、一時記憶として保存される。しかし、2階に行ったときに、ちょうど雨が降ってきたからとあわてて洗濯物を取り込んだりしていると、「メガネを取ってこよう」という最初の記憶が「洗濯物を取り込む」という記憶に上書きされる形で消されてしまい、1階に戻ってから「肝心のメガネを忘れた!」となる。これはワーキングメモリーの容量が限られているために、あれもこれもと同時にやろうとする結果起こる物忘れである。

「実は難聴のある人は、日常生活で、耳から入ってくる少ない情報から内容を理解するために、無意識のうちに人よりも多くのワーキングメモリーを消費してしまっていると考えられています」と内田さん。例えば、電車内の聞きとりやすいアナウンスならば小説を読みながらでも内容を理解できるが、音声の悪いアナウンスを聞きとる場合は、他の作業を止めて耳を澄まし集中しなければ聞きとれないという経験をしたことがあるだろう。難聴がある人は、日常的に、音声の聞きとりに多くのワーキングメモリー容量を使ってしまい、それが認知機能の低下に影響するという理論である。

また、「誤解」説というものもある。これは難聴が原因で、認知機能のテストで実力よりも低く評価されてしまうというものである。一般的な認知症の検査であるミニメンタルステート検査(MMSE)や長谷川式の認知機能検査は、音声指示で行われるために、聴力が低下していると不利になり、質問をあいまいにしか聞きとれなかったり、聞きとるのに労力を使ってしまい記憶に定着しにくくなるなどして、実際の能力より検査結果が低く出る可能性があるというのだ。

「実験的に聴力が正常な人に、聞きとりにくい音声加工で擬似難聴の条件を作り認知機能の検査をしたところ、重い難聴レベルの音声では約9割の人が認知症患者と同レベルの結果になってしまったという研究報告もあります」と内田さんは話す。通常、認知機能の検査をする場合は、検査の前に会話をして聴力がどの程度か確認し、必要に応じて質問を文字で見せるなどするが、中には聴力が衰えていることが見逃されることもあるという。

最後の「誤解」説は別にして、難聴と認知症がお互いに関連していることは明らかだろう。厚生労働省が2015年に発表した「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)」の中でも、認知症発症の危険因子として、加齢、遺伝性のもの、糖尿病、喫煙などとともに、難聴が掲げられているのだ。

聴力機能は一度壊れたら元には戻らない

そもそも、どうして難聴は起こるのだろうか。難聴になる人とならない人の差はあるのだろうか。

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補聴器を使うことで認知症は改善されるか?