同級生からもたくさん刺激を受けました。私は、趣味で酸性雨の調査もしていましたが、場所によってなぜ数値が違うのかがわからなくて、化学の得意な友達に聞いたら、ノートにササッと数式を書いて答えを教えてくれました。彼は数学や科学では、天才的な能力の持ち主でした。こんなふうに、互いに刺激し合える友達がまわりにたくさんいるのが、甲陽学院の良さだと思います。

大学は東京大学農学部に進んだ。

酸性雨もそうですが、小さいころから環境問題に関心があり、高校時代は、独自に環境問題の勉強や研究をかなりしました。

「甲陽学院時代に深めた環境問題への関心が、無意識のうちに私自身の考えや行動に影響しているのかも」と語る

よく覚えているのは水俣病です。事件が起きてからすでにかなりの時間がたっていましたが、患者はまだ大勢いて、その方たちに会いに行ったこともあります。

環境問題は、今でこそ書店に行けば関連本がずらっと並んでいますが、当時は四大公害病の本と環境白書ぐらいしかありませんでした。インターネットもなかったので、環境問題の勉強には、自分でフィールドワークをするのが一番でした。

環境問題といえば、高校時代、1人で割り箸撤廃運動をやったこともあります。学校の食堂の割り箸を何回でも使える竹箸に替えるべきだと先生や生徒の前で訴えて、食堂のおばさんたちとも話をし、竹箸に替えてもらいました。

そもそも何で環境問題に関心を持つようになったのかはよくわかりませんが、大学でも環境問題をやりたいと思い、東京大学農学部に入りました。

東大では大学院の修士課程まで進みましたが、環境問題や社会問題を解決するためには政策をつくる側になろうと思い、大学院を中退して、国家試験を受け、大蔵省(現財務省)に入りました。その後、米国のビジネススクールに留学中、アメリカのビジネスのダイナミクスさに感激を覚えて大蔵省を退職し、経営学修士(MBA)をとってマッキンゼー・アンド・カンパニーに就職。3年半後に独立し、IT(情報技術)企業を数社経営しましたが、スペースデブリの問題に関心を抱き、2013年、アストロスケールを創設しました。

宇宙のごみを掃除するというユニークなアイデアとビジネスモデルが注目され、昨年、ハーバードビジネススクールのケーススタディーに採用された。

何年か前に海外で開かれたデブリの専門会議で「私はスペースデブリを除去する会社を立ち上げる」と漏らしたら、「とても無理だ。技術的に非常に難しい」「市場が存在しない」「お金がかかるので、スタートアップには向かない」など、慎重な意見をたくさんもらいました。