何もないのに手に触感 Switchに搭載、高性能義手も
離れた場所に音を伝える電話、映像を伝えるテレビ――。かつて世界のあり方をがらりと変えた技術の次を行く革新が起きつつある。何もない場所で、あたかもそこで物体が動いているかのような触覚を得られる最先端技術「ハプティクス」だ。
このハプティクス技術を搭載して話題をさらっているのが、任天堂の新ゲーム機「ニンテンドースイッチ」だ。コントローラーの「ジョイコン」に、HD振動というハプティクス技術を搭載。コントローラーが微細に振動し、それが、氷がカラカラとグラスに当たる、牛の乳搾りをするといった、微妙な感覚を再現する。例えばボールの数を当てるゲームでは、ジョイコンを傾けると、複数のボールがその中で転がっているかのような感覚が手に伝わる。
ハプティクスの身近な例としては、iPhone 7が挙げられる。物理的に動かないはずのホームボタンを押すと、コツッと、クリックしたような振動がフィードバックされる。
さらに、ミライセンスが開発した「3Dハプティクス技術」は一歩進んでいる。ものの表面のザラザラとした触感、硬さ、ずっしりとした重さといった立体的な感覚が、デバイスを通して感じられるのだ。例えば、パソコンの画面に現れた架空の悪者を、デバイスを操作してバーチャルの剣で斬る。すると、ググッという、あたかも実際に斬ったかのような重い手応えがデバイスを通じて手に伝わる。
これまでにない立体的な感触を得られる秘密は、「脳の錯覚」だ。「特殊なアルゴリズムによる振動刺激を手に伝えると、脳が錯覚を起こし、触れているかのような感覚を生み出す」(ミライセンス代表の香田夏雄氏)。同社によれば、人間が感じるすべての「触る感覚」を、3Dハプティクス技術で表現できるという。来年にはVRゲームなどに搭載する予定で、早くもゲームに新時代が到来しそうだ。
インターネットで「もの」を動かす
ハプティクスのすごさは、ゲームやVRを面白くするだけにとどまらない。もっと驚くべき未来技術が、慶應義塾大学理工学部の大西公平教授が提案した「加速度規範双方向制御方式」により、世界で初めて高精度な力触覚の伝送に成功した「リアルハプティクス」だ。振動で疑似的に触感を再現するのではなく、実際にものをつかむ、押すといった動作にかかる力を信号化してリアルタイムで伝送する、画期的な技術だという。この技術の実用化を、同大学助教の野崎貴裕氏らが進めている。
研究室には、リアルハプティクス技術を具現化する金属のレバーが2種類並ぶ。連動して動く2つのレバーのうち、一方に軟らかい風船をセットし、もう一方のレバーを操作して風船を押す。すると、押しているほうのレバーには風船がないにもかかわらず、ぷにぷにとした風船の感触を得ながら、自由に押し引きすることができた。
この技術を発展させ、野崎氏らは「高性能ハプティック義手」を開発した。従来の義手との最大の違いは、義手の感触をハプティクスによって、他の部位に付けたデバイスに転送できる点。例えば、そのデバイスを足の指に装着して操作すれば、義手での感触を足の指で確かめつつ、義手を微妙な力加減で操作することができる。この技術は、IT技術の展示会のシーテックジャパン2016に出展され、審査委員特別賞を受賞した。
野崎氏らが目指すのは、リアルタイムでの力や触覚の伝送にとどまらない。この技術を応用すると、力加減を調節できるロボットが実現する。既存のロボットは、決められたサイズのものを持ち上げるなど事前に計算された一定の動きしかできないが、リアルハプティクス技術のロボットは、対象物の大きさや硬さが変わっても、人間のように柔軟に対応できるという。現在の産業ロボットは、人間と一緒に働くのは危険なうえ、できることが限られているが、触覚があるロボットなら人間と同じように、またはそれ以上に繊細な仕事ができるようになるのだ。
「リアルハプティクスは、IoTの次の世界となる、IoA(インターネット・オブ・アクションズ)を可能にする」と、野崎氏は話す。「情報伝達のために重要な視覚、聴覚、触覚のうち、触覚は、伝送がまだ実現していない"最後のブルーオーシャン"といえる。遠くのものを見る、聞くだけでなく、物理的に移動させることができたら、世界は必ず変わる」(野崎氏)
実際、日本電産など日本の大手電機産業からも、ハプティクスは熱視線が注がれている。次の産業革命のきっかけとなる技術として、目が離せない。
(日経トレンディ編集部)
[日経トレンディ2017年6月号の記事を再構成]
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