視覚障がい者の「伴走」に挑戦 見えない不安取り除く声掛け絶えず的確に、信頼関係が何より重要

中田崇志さん(右)は世界選手権やパラリンピックでトップランナーの伴走を務めている

「マラソン完走クラブ」代表の中田崇志さんは市民ランナーを指導するとともに、視覚障がい者のトップランナーの伴走を務めている。2004年アテネパラリンピックのマラソンで金メダルに輝いた高橋勇市さん、昨年のリオデジャネイロパラリンピックのマラソンなど3種目で入賞した和田伸也さんを、他の伴走者とともに支えてきた。

本格レースは伴走者も「勝負」

中田さんの伴走は戦略的で、演技に近い声掛けでランナーの心に火をつける。和田さんがリオパラリンピック出場を決めた別府大分マラソンが印象に残っているという。大きく離されたライバルに終盤、追いついた。視野にとらえた中田さんは和田さんに単に「いた」と伝えたのではない。驚きと喜びを込めて「いっ、いた!」と叫んだ。「あの声掛けで和田さんが『行くぞ!』という気持ちになった」

11年の世界選手権の1万メートル(4位)では和田さんの母親が手を合わせて見詰めていた。中田さんは最初から気付いていたが、すぐには伝えなかった。和田さんが苦しくなった8000メートルで「お母さんが祈るようにして応援してくれているよ」と口にし、鼓舞した。

中田さんは事前につくるシナリオをもとに声掛けを重ねる。いつどこでどんな苦しい練習に取り組んだかを思い出させ、「あのとき、できたよね。きょうもできる」と勇気づける。

演技でライバルをけん制

大阪で暮らす和田さんはふだんは多くの伴走者の協力で練習に取り組んでいる。東京在住の中田さんは心拍数、ストライド、気象条件、コースの起伏、伴走者など和田さんの練習データを常にチェックし、流れを押さえたうえで定期的に2人で練習する。レースでは完全な分業制をとり、中田さんがライバルの分析、展開の予測、ペースメーク、駆け引きを受け持ち、和田さんは走ることに専念する。

ある大会で前を行く選手との差が縮まらないなか、中田さんは声を徐々に大きくしていき、和田さんが迫っているような錯覚を起こさせ、圧力を掛けた。集団のペースを落としたいときは、楽しげに話してライバルに「余裕があるな」と思わせ、前に出られないようにけん制する。

「単なるボランティアではない。僕も競技者として勝負している」。中田さんは和田さんと、もう一人の伴走者の行場竹彦さんとともに優勝を目指す。だから、できる限りのことをする。

(編集委員 吉田誠一)

[日本経済新聞朝刊2017年5月30日付を再構成]

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