遺言は「争族」回避に有効 元気なうちに書くというが終活見聞録(5)

被相続人が遺言を残さずに亡くなった場合、民法の定めに基づいて、相続人全員で遺産の分け方を話し合って決めることになる。だが、相続人の事情はさまざまで、「同居していたのだから、家をそのまま引き継ぎたい」「介護で苦労したのだから、他のきょうだいより多くもらいたい」などと考える人もいるだろう。「争族」になるのは、残された家族が遺産の配分についてこうした意見や主張を交わすから。話し合いはまとまったとしても、家族の仲にしこりを残すこともあるだろう。そもそもの財産の所有者である被相続人が、あらかじめ遺言書を作って分け方を決めておけば、無用の争いの回避に役立つ。

「自筆証書」と「公正証書」

公正証書遺言は公証役場に出向いて作るのが一般的。財産額などによって作成手数料は異なる

遺言で一般的なのは「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」のふたつだ。自筆証書遺言は、誰にも知られず、いつでも書ける手軽さがある。最近では遺言書キットも市販されている。だが、紛失や変造の恐れがあったり、形式に少しでも不備があると無効になったりする。裁判所で「検認」という、相続人が立ち会って内容を確認する手続きも必要だ。一方の公正証書遺言は、2人以上の証人が必要で費用や手間がかかるが、原本が公証役場に保管されるので紛失などの恐れがない。専門家である公証人が聞き取って作るので、法律上問題のない遺言書ができあがる。検認の手続きも必要ないので、すぐに内容を確認して実行することができる。

公正証書遺言の作成件数は日本公証人連合会調べ 自筆証書遺言の検認件数は司法統計年報より

遺言の作成件数は増加傾向。2015年のデータで見ると、公正証書遺言の作成件数は前年比6%増えて11万件以上(日本公証人連合会調べ、2016年は約10万5000件)になり、自筆証書遺言の検認件数も約1万6900件を数えた(司法統計年報)。ただし、130万人近くに上る年間の死亡数(2016年人口動態統計の年間推計)を考えれば、遺言を残す人はまだ少ないといえる。

終活に詳しい弁護士の武内優宏氏によれば「相続のセミナーなどで、参加者に遺言を書いた人はいるかと尋ねると、手を挙げるのは40~50人のうち1人ぐらい」という。書かない理由については「『うちは子どもの仲がよいから』『自分はまだ元気だから』『わが家は財産が少ないから』というのが3大お断り文句」と武内弁護士は続ける。だが、仲がよかった兄弟姉妹も独立してそれぞれの家庭を持てば事情は変わる。また、遺言は元気なうちに書いておくもの。万が一、認知症になったり、要介護の状態になったりすれば、書きたくても書けなくなってしまう。そして実際は財産が多くなくてももめるというのは、冒頭で紹介した統計数字に表れている。

遺留分などに配慮が必要

終活セミナーでは遺言のメリットなどを説明することも多い(イオンの「終活フェア」)

遺言に記載できるのは主に、(1)財産の処分に関すること(遺贈や寄付など) (2)相続に関すること(相続割合や分割方法、遺言執行者の指定など) (3)親族関係に関すること(認知や相続人の廃除など)――の3つ。それ以外のことを書いても、法律上の効果はない。作成に当たっては「遺留分に配慮すること。書くだけでは万全ではないので、遺言執行者も指定しておきたい」と、遺言や相続に詳しい三菱UFJ信託銀行リテール企画推進部の玉置千裕氏は指摘する。

「遺留分」とは、配偶者や子、親が相続人になる際に民法で定めている最低限の相続分のことだ。例えば、子どもが2人いるのに1人にすべてを相続させるという遺言が残された場合、相続できない子どもは納得しなければ、遺留分を取り戻すことができる。この場合、遺留分は法定相続分の2分の1。兄弟姉妹には遺留分はない。また、自筆証書遺言で財産に記載漏れなどがあるケースでは、その解釈をめぐって家族でもめてしまうこともある。中途半端や不注意な遺言は逆にトラブルのもとになるので要注意だ。

一般に遺言を書いた方がよいとされるのは「法定相続分とは異なる遺産配分をしたい人、そして財産構成で金融資産よりも不動産の割合が多い人」(三菱UFJ信託銀行の玉置氏)だ。前者は、あとに残る配偶者の生活の安定を考えてより多くの財産を渡したり、特定の子どもや孫により多くの財産を残したりしたい場合や、子どものいない夫婦などが代表例だろう。

子どもがいない夫婦は、夫が亡くなると妻は遺産を全部自分がもらえると思いがち。だが、夫に兄弟姉妹がいれば、彼らにも相続の権利がある。夫が遺言で妻に全財産を相続させると書いておけば、兄弟姉妹には遺留分はないので妻1人で全部を受け継ぐことができる。後者の不動産の割合が多いケースは、分割でもめる可能性が高い。ほかにも、相続人が多数いたり、家族関係が複雑だったりする人、独身者なども遺言を残しておいたほうがいいだろう。

ワンポイント:遺言は家族への最後のラブレター

遺言を遺書と混同して、中には「縁起が悪いので書きたくない」などという人もいるようだが、ふたつはまったくの別ものだ。亡くなる間際に書く遺書は、書き方や内容は自由だが、法的な効力はない。一方の遺言は、元気なうちに書くもので法的な効力を持つ。

どことなく無味乾燥なイメージがある遺言だが、最後に遺産配分の理由や家族への感謝の気持ちなどを付け加えることができる。遺言を「家族への最後のラブレター」と表現する人がいるのは、この「付言事項」で自分の思いを家族に伝えることができるからだろう。盛り込む内容でよくあるのは、妻や家族への感謝、子どもの成長への喜び、遺産配分の理由、今後も家族仲良く暮らしてほしいといった願いなどだ。面と向かって言葉にすると照れくさいような文章だが、家族を失って悲しみにくれている遺族は感動することが多いという。

付言事項には法的な効力はないが、トラブルを防止する助けになることがある。例えば、子どものうちの1人に多くの財産を分けるような遺言を残す場合、理由が分からなければ他の子どもたちは反発することもあるだろう。付言事項にその理由が書いてあれば、亡くなった人の気持ちがより理解されやすくなる。また、付言事項を書く際は、相続人全員に対してメッセージを残すことも重要だ。

(マネー報道部 土井誠司)

[日経回廊の記事を再構成]

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