『美しい星』吉田監督 三島由紀夫唯一のSFを映画化
『帝一の國』(公開中)の永井聡監督、『東京喰種トーキョーグール』(7月29日公開)の萩原健太郎監督など、映画界で注目度を高めつつあるCM界出身の映画監督。その先陣を切る吉田大八監督の新作が、『美しい星』(5月26日公開)だ。吉田監督に、監督になった経緯と新作について、話を聞いた。
2012年『桐島、部活やめるってよ』で第36回日本アカデミー賞最優秀監督賞ほか数々の賞を受賞し、日本映画界に新風を巻き起こした吉田大八監督実はCMディレクターからの「転身組」。意外にも、「自ら映画を企画し、周りを巻き込んだ」のがきっかけだったと言う。
「大学時代、自主映画を撮っていたんです。でも、映画を仕事にするなんて考えてもいなかった。自分の作品が『ぴあフィルムフェスティバル』で注目されたわけでもなかったし(笑)。たしか大手の映画会社にも求人はなかったような気がするし、とにかく自分の興味と関係のある仕事につければよかった。それで、コマーシャルが面白そうな気がして、CM制作会社に入社しました。
CMディレクターとして仕事をしながら、CMの関係者から声をかけてもらって、単発の深夜ドラマや30分くらいの短編を数本作りました。ちょうど2000年代の前半、ブロードバンドという言葉が出てきた頃です。普段15秒や30秒のCMばかり作っている時に久しぶりに長いものをやってみると、ずっと動かしてなかった筋肉を動かしたような新鮮な気持ちになりました。
長編1作目の『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』(07年)は、原作小説をたまたま読んだ時に、これはすぐに映画に出来ると思っていたんです。ちょうどその頃、撮影するはずだったCMが制作中止になって、2週間ほど体が空いた。それで、シナリオを書いたんです。あそこで2週間体が空いてなかったら、僕は映画監督にはなっていなかったかも知れません(笑)」
『桐島~』の成功で一躍、時の人になり、今ではCMディレクターとしてより映画監督として知られている吉田監督。14年には『紙の月』で宮沢りえに第38回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞をもたらし、この5月には三島由紀夫が書いた唯一のSF小説を原作とする『美しい星』が公開となる。
「30年前、大学時代に原作を読んで、とにかく『映画にしたい』と思ってしまった。そんなことを考えたのは『美しい星』が最初です。だから、映画監督になりたかったというより、『美しい星』の監督になりたかったんです。CMの仕事をしている間も、『美しい星』のことはいつも頭の隅にありました。自分の原点ですから、出来上がった映画に自分の一番濃いエッセンスが入っていないわけはありません(笑)。
原作の(リリー・フランキー演じる)主人公が、今の自分と同じ年齢なんです。たまたま自分の家族も主人公の家族とほぼ同じ構成で、巡り合わせの不思議さを感じました。脚本を現代に脚色するのに苦しんだ時期も、『自分は今年撮ることになっているんだ』と信じて進めました。作るときって、意外とそういうことにすがりたくなるものです(笑)。
今回、同じ時代に同じ地球で生きている皆に観てもらいたいという気持ちが、いつになく強いです。南米やロシアの観客にどうしたら届くかと考えます。願わくば映画は、観終わった後の生活や人間関係に、何か後を引くものであってほしい。
CMディレクターの看板を下ろしてしまったわけではありません。僕の作る映画より、僕が匿名で作ったCMの方が多くの人に見られていたりもする。映画とCMを境目なく行き来する人も増えていますし、早く1回CMに戻らないと、とあおられる気持ちはあります(笑)」
5月には、自身の映画から派生した舞台『クヒオ大佐の妻』を作・演出。映画監督に演出家の肩書きも加わり、さらなる転身が続く。
「舞台は、自分にとって一番経験値が少なく、映画よりもさらにアウェー感が強くて、本当にしんどい(笑)。でも、やればフィードバックが絶対にある。結局、CM、映画、舞台と、分野は違っても、作っている主体はどこまでも自分。いろんなところへ枝分かれしたり、寄り道したりするけれど、なるべくしてそうなっていっているという気持ちがあります。僕にとっての"転シン"は『身を転がす』転"身"ではなく、『前に進む』転"進"だと思っています」
お天気キャスター、大杉重一郎(リリー・フランキー)の一家がある日突然、宇宙人に覚醒。それぞれ地球のために奮闘するなか、家族の絆が深まっていく。悲壮だけどコミカルかつパワフルなキャラクターたち。意外性満載の吉田大八らしい1作。(公開中/ギャガ配給)
(ライター 前田かおり)
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