車いすラグビーの支援通じ、社員の目線「近くなった」三井不動産に勤める元日本代表主将に聞く

三井不動産に勤務する福井正浩さん(左)は今も地域チーム「アックス」の選手としてプレーしている
三井不動産に勤務する福井正浩さん(左)は今も地域チーム「アックス」の選手としてプレーしている

2020年の東京パラリンピックに向けて、多くの企業が障害者スポーツの支援に名乗りを上げている。障害のある社員が実際に選手としてプレーしていることが、きっかけになるケースが多い。双方の目を併せ持つ彼らは、いわば橋渡し役だ。ウィルチェア(車いす)ラグビーのオフィシャルパートナー、三井不動産に勤務する元日本代表主将の福井正浩さん(52)に支援の意義について聞いた。(聞き手はオリパラ編集長 高橋圭介)

――まず福井さんと車いすラグビーの関わりについて教えてください。

「22歳のとき交通事故で頸椎(けいつい)を損傷し、四肢に障害を負った。当初は陸上で1992年のバルセロナ・パラリンピック出場を目指したが果たせず、挫折感を抱いていたときに知ったのが車いすラグビーだ。ゼロからメンバーを集めて競技を開始。04年のアテネ・パラリンピックに日本として初めて出場した。07年からは関東を拠点とするチーム『アックス』で活動している」

――勤務先である三井不動産は16年4月、車いすラグビーの競技団体である日本ウィルチェアーラグビー連盟(埼玉県所沢市)のオフィシャルパートナーになりました。どんな経緯があったのですか。

「15年4月に三井不動産が東京五輪・パラリンピックの(国内最高位である)ゴールドパートナーになった後、特定の競技についても支援を検討することになり、意見を求められた。車いすラグビーは12年のロンドン大会で4位、16年のリオデジャネイロ大会では銅メダルを獲得し、応援してくれる人の期待に応えられる力をつけてきている。リオ大会の前から個人的には『いずれは金メダル』と考えていたので、会社に『支援してほしい』という強い思いを伝えた。それがかなって、うれしいを通り越したような気持ちだ」

「当時はオフィスビルの管理業務に携わっていたが、今年4月に自ら希望して広報部ブランド・マネジメントグループのオリンピック・パラリンピックチームに異動した。東京五輪・パラリンピックと車いすラグビーの強化支援が主な仕事だ」

――車いすラグビーを強化するうえで、企業の支援はどう役立ちますか。

「やはり資金面のサポートが大きい。国から強化指定を受けていても、それだけでは足りない。代表チームの合宿といっても、かつては2カ月に1回程度、週末を含めて3~4日間できるかどうかだった。(支援を受けた結果)16年からは月に1回、1週間程度の合宿ができるようになった」

――選手の個人的な負担は大きいのですか。

三井不動産でオリパラと車いすラグビーの支援に取り組む福井正浩さん

「競技で使用する車いすは自腹だが、1台百数十万円するうえ、試合で激しい当たりを繰り返すため2~3年で買い替えなければならない。しかも代表チームの合宿に参加するには、遠くは北海道や沖縄から飛行機で移動する必要がある」

「僕がアテネ大会を目指していたときは、福島県楢葉町にあるサッカー施設『Jヴィレッジ』を合宿の練習に使っていた。遠くから来る選手の負担を軽くするため、できるだけ皆で車をライドシェア(相乗り)していた。羽田空港から福島まで乗せていったり、福島から選手の自宅がある新潟まで送っていったり。どうしても僕が金曜に仕事を休めない場合は、木曜の夜中に福島まで選手を送った後、東京に戻って金曜の昼に仕事し、土日の合宿に参加するということもあった」

――当時は会社もあまり応援してくれなかったんですね。

「いやいや、なかったというと語弊がある(笑)。たとえばパラリンピックに出場するには2週間は休みをもらわなければならないが、快く送り出してくれた。ただ競技全体でみれば、自分たちの趣味の延長という感じで、世の中に伝わり切れていなかった」

――東京パラリンピックでメダルを取れば、どういう効果が期待できますか。

「認知度が上がって、メディアなどに取り上げられるようになれば、ちょっと(試合を)見に行ってみようかなという人が出てくる」

「日本の競技人口は100人くらいで、(競技団体のウィルチェアーラグビー連盟に加盟している)チームは11しかない。最も普及している米国では五十数チームあることを考えると、もう少しチームが増えてもいいかなと思う。観客も障害のある人が頑張っている姿をみて、何かを感じてもらえるのではないか」

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