役者も視聴者も高齢者『やすらぎの郷』 なぜヒット?
日経BP総研マーケティング戦略研究所上席研究員 品田英雄
東京・中野区にあるカラオケ喫茶。平日の午後1時を過ぎると70代80代のお年寄りたちが集まってくる。1000円を払うとお茶とお菓子が取り放題。コーヒーなどのソフトドリンクは300円。ビールは500円で飲める。カラオケは無料で、好きな曲を歌って5時まで過ごす。
20人程で店内はいっぱい。週に3回4回と通う人が多いという。経営しているのは70代の夫婦。ご主人はエレキギターを弾いてバンドを率い、定期的にライブハウスにも「おやじバンド」として人前にも立つ。
このようなタイプの店が増えているという。「知らない人とも知り合えるから」「なくなると行くところがなくなるから」と来店者の動機は様々だが、「順番に歌えるように気配りする」「持ち込みも規制は少なく土産を持ち寄る」などの仲間らしい気遣いがある。同世代の経営者だからこそできる運営だ。
ここに集う人たちの多くが見ているというのが、テレビ朝日が2017年4月からスタートさせたドラマ「やすらぎの郷」だ。視聴率は5~7%前後と昼間の時間帯としては好調で、毎週のように雑誌が話題にしている。
昭和の時代に俳優や歌手、脚本家などテレビの世界に貢献した人間だけが無料で入居できる老人ホーム(ただしテレビ局社員だった者には資格がない)が舞台。家族や財産、恋、死の恐怖などをテーマにしている。
このドラマには高齢化社会における人気者作りへのヒントがいくつもある。
ヒント(1)時間帯と放送期間
放送時間は月~金の12時30分から20分間。1960年代から「昼ドラ」と呼ばれたドラマが放送されていたが、テレビの生放送化、情報番組重視が進む中で、ドラマは減って行った。
テレビ朝日はこの時間帯を「帯ドラマ劇場」枠と位置づけ、12時30分に「徹子の部屋」が終わると「シルバータイムドラマをご覧ください」とテロップを流して、そのままドラマをスタートさせる。
しかも「やすらぎの郷」は半年間に渡って全130話、民放のドラマではめったに見なくなった長期間の放送となる。
視聴者の高齢化が問題視されるテレビ界だが、そこを逆手に取って高齢者に向けた編成になっている。
ヒント(2)ベテランばかりのキャストとスタッフ
脚本は「前略おふくろ様」や「北の国から」など数々の名作を生んできた倉本聰(82)。演出者にもベテランが顔をそろえる。
出演者は主人公の脚本家を演じる石坂浩二(75)を初め、浅丘ルリ子(76)、有馬稲子(85)、加賀まりこ(73)、五月みどり(77)、野際陽子(81)、八千草薫(86)ら、多くのヒットドラマの主役を演じて来た"レジェンド"級の俳優たちが並ぶ。大物ばかりのために紹介も五十音順にしたと言われる。その豪華さと彼らの現在の容姿も話題だ。
ヒント(3)参加性を高める
17年5月5日からは、施設内で行われているオリジナル体操を「やすらぎ体操第一」として放送し話題になっている。ラジオ体操に似ているが、歌詞は「今日も生きている……、明日はわからない……」と、高齢者でなければ角が立つような内容になっている。作詞作曲振り付けも出演者が役名のまま担当している。昨年の人気ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」の「恋ダンス」とは一味異なる体操に遊び心を感じる。登場人物たちが実際に体操している映像はホームページにアップされている。
ヒント(4)最近のテレビ界への批判
このドラマそのものが、倉本聰の「高齢者の自分たちが見やすい時間に見たいドラマがない。ならば自分で書こう」というアイデアから始まったという。そのために現代のテレビ界への批判が随所に見られる。
高齢化社会になって若い層がテレビを見なくなっているのに対し、テレビ局は「ゴールデン神話」から抜け出せないこと、多くの名作が保存されずに消え去っていった現状などが、セリフとして語られる。
その一方で、役者は旬のときだけチヤホヤされて旬が過ぎたらさよならとなることや、今ではテレビには登場しなくなった喫煙シーンが何度も出て来ることにも皮肉を感じさせる。
ほかにも、石坂浩二の番組降板問題や、有名女優の孤独死が大原麗子を思い出させることなど実話と関連する話が多い。
高齢社会の到来で、後期高齢者も大切なお客様と認識されるようになった。だが、お年寄り向けに企画された商品やサービスがなかなか受け容れてもらえない。
「やすらぎの郷」は高齢者をお客として真正面から取り組んでいるが、人気の理由は「知っている人たちが出ている」「内容に共感できる」「参加性がある」など目新しいことではない。お客と同じ目線を持っていることが、ヒット作りの王道であることを示唆している。視聴率を含め、今後の評価が注目される。
敬称略
日経BP総研マーケティング戦略研究所上席研究員。日経エンタテインメント!編集委員。学習院大学卒業後、ラジオ関東(現ラジオ日本)入社、音楽番組を担当する。87年日経BP社に入社。記者としてエンターテインメント産業を担当する。97年に「日経エンタテインメント!」を創刊、編集長に就任する。発行人を経て編集委員。著書に「ヒットを読む」(日経文庫)がある。
日経BP総研マーケティング戦略研究所(http://bpmsi.nikkeibp.co.jp)では、雑誌『日経トレンディ』『日経ウーマン』『日経ヘルス』、オンラインメディア『日経トレンディネット』『日経ウーマンオンライン』を持つ日経BP社が、生活情報関連分野の取材執筆活動から得た知見を基に、企業や自治体の事業活動をサポート。コンサルティングや受託調査、セミナーの開催、ウェブや紙媒体の発行などを手掛けている。
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