揺れるカンヌ映画祭 動画配信大手の作品巡り火花カンヌ国際映画祭リポート2017(1)

モニカ・ベルッチが司会を務めた開会式に続いて上映された名誉ある開幕作品は、フランスのアルノー・デプレシャン監督の新作『イスマイルの幽霊』。記者にとっては感慨深いものがある。

デプレシャン作品で開幕

記者が初めて参加した1992年のカンヌに、『魂を救え!』をもって若きデプレシャンも初めてやってきた。1960年生まれで当時31歳。ロバート・アルトマン、フェルナンド・ソラナス、ビレ・アウグスト、ジェームズ・アイヴォリー、ヴィクトル・エリセといった当時のそうそうたる名匠がそろったコンペで、最年少の監督だった。

アルノー・デプレシャン監督『イスマイルの幽霊』

30代で作った『そして僕は恋をする』(96年)で日本でも知られるようになり、40代での傑作『キングス&クイーン』は2004年のベネチアでいち早く見た。新宿のバーで独り静かに赤ワインを飲んでいる彼と遭遇したこともある。とびきりのシネフィルだが含羞の人だ。50代になって撮った『あの頃エッフェル塔の下で』(15年)では、『そして僕は恋をする』で自身の分身ともいえる役を演じたマチュー・アマルリックを再び同じ役で起用。中年男の20年の時の流れが、悔恨と覚悟が、その身体に刻まれていた。

『イスマイルの幽霊』ではアマルリックが悩める映画監督のイスマイル役でまたしても主演。イスマイルは美しく知的な恋人シルビア(シャルロット・ゲーンズブール)を伴い、海辺の家で脚本を書いている。そこに約20年前に失踪し、死んだと思っていた妻カルロッタ(マリオン・コティヤール)が現れる……。

外交官のイヴァン(ルイ・ガレル)を巡る導入部からして、まるでスパイ映画のようだ(これがイスマイルが作っている映画の一部であることは後に明らかになる)。やがて海辺のシーンでは邦楽風の音楽が流れ、草木が風にたなびくなか、砂浜に幽霊としか思えないカルロッタが突如現れる。まるで溝口健二の『雨月物語』だ。さまざまな虚構が、この一風変わった映画を構成している。

ほとんど荒唐無稽な虚構の連続でありながら、俳優たちの身ぶりはえらく生々しい。男と女は感情をあらわに愛し合い、嫉妬し、うなされ、取り乱す。ヒリヒリするような感覚があふれている。傷つくこと、傷つけること、それを引き受けて生きること。それはデプレシャンが一貫して追い続けているテーマに違いない。

『無限の住人』に拍手と笑い

プロデューサーのジェレミー・トーマスの予告通り、三池崇史監督『無限の住人』もカンヌにやってきた。コンペ外の正式出品作品である。沙村広明の漫画の映画化で、斬られても斬られても死なない肉体をもってしまった剣豪・万次の物語。18日夜の上映には主演の木村拓哉と杉咲花も駆けつけ、赤じゅうたんを歩いた。

三池崇史監督『無限の住人』 (C)沙村広明/講談社 (C)2017 映画「無限の住人」製作委員会

三池は日本で最も多作な監督の一人だが、海外映画祭での人気も高い。日本映画の現況をよく知ると同時に、それを客観的に語れる人でもある。上映に先立つ記者会見での外国人記者の質問に対する三池の答えは興味深かった。

あなたと「漫画」との関係は?

「漫画は子供のころからたくさん読み、多くの日本の子供たちと同じように、漫画家にあこがれた。1人で物語を考え、1人で絵を描いて、自分の思うように世界を展開する。そんな漫画家をリスペクトしている。漫画家にはなれなかった。1人の能力ではかなわない。だけど映画監督として、スタッフと役者と共になら、漫画に負けないエンターテインメントを作り上げることができる」

サムライ映画と西部劇の類似点は?

「ウエスタンと時代劇に近いものはある。社会が未熟だった時代には力をもった者が権力を手に入れることをストレートに表現できる。現代劇なら10年かかって描くことを、一晩二晩の話にできる。展開が速く、あしたどうなるかわからない。そんな映画的な要素が強いので時代劇が好きだ。ヤクザ映画も好きだ」

黒澤映画などのサムライ映画の伝統をどのように考えているか?

記者会見する三池崇史監督(左)と杉咲花

「黒澤監督の映画は大好きだ。今の我々では作れなくなってしまったからだ。かつては時代劇のために訓練した俳優がたくさんいた。映画会社も時代劇をバックアップし、観客も時代劇を待っていた。もちろん黒澤監督の才能は飛び抜けていただろう。しかし黒澤明を作り上げることができる時代もあったのだ。あこがれはするが、今の自分たちにないものを求めて、マネをしても、ただのコピーになってしまう。僕らとしては、今の自分たちにできること、自分たちが表現したいことを精いっぱいやってみる。それを一つ一つ積み上げていく。そうしないとできないジャンルだ」

夜10時半からの上映は、ノリのよい観客が多く、剣客が登場する見せ場ごとに拍手が起き、笑いも起きた。三池は「劇場そのものが映画を後押ししてくれた。心地よい時間を過ごすことができた」と語った。木村は「拍手だったり、笑いだったり、驚きをそのまま表現しながら、お客さんがスクリーンと向きあってくれた。今日の上映は一方通行じゃなかった。うれしかった」と話した。

(編集委員 古賀重樹)

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