2017/5/21

東京ふしぎ探検隊

鉄道発祥の地は品川駅

ここまで環状線という前提で書いてきたが、実は線路管理上で見ると、山手線は環状線ではない。厳密には品川~新宿~田端間が山手線で、田端~東京は東北本線、東京~品川間が東海道本線だ。

品川駅の線路上には、山手線の起点を示すゼロキロポストが設置されている。コンコース上にもレプリカのゼロキロポストが置かれ、案内板には「山手線は一回りしているため、起点があまり知られていませんが、品川から新宿を経由して田端までをさします」と書いてあった。

JR品川駅コンコースにあるゼロキロポストのレプリカ
品川駅にある山手線のゼロキロポスト

品川駅を歩いていたら、ホーム上に「鉄道発祥の地」と書かれたタイルを見つけた。恐竜風の絵と一緒に「山手線0km」「Since1885」と書いてある。これらの表記には説明が必要だ。

山手線0kmは起点であることを示し、1885年は前身の日本鉄道が品川~赤羽間で開業した年にあたる。では「鉄道発祥の地」は?

一般的に、鉄道発祥というと1872年10月14日の新橋~横浜間を指す。「鉄道の日」にも認定されている。だが実は、その4カ月前に品川~横浜間が先行して仮開業したのだ。

品川駅ホーム上にある「鉄道発祥の地」のタイル

恐竜風の絵は何なのか。JR東によると、1954年公開の映画「ゴジラ」で、ゴジラが品川付近に上陸したことにちなんでいるという。「シナガジラ」と呼ばれているそうだ。

監獄が変えたルート 池袋駅はなかったかも?

山手線といえばウグイス色(緑)がテーマカラーだが、最初からこの色だったわけではない。1963年から順次投入された車両で初めて採用された。それまでは一時期、カナリア色(黄)だったこともある。現在の総武線の色だ。

路線や駅も二転三転した。中でも「歴史を変えた」といえるのが、池袋駅を巡る物語。小野田さんによると、池袋駅は当初の計画には入っていなかったという。

山手線の前身、日本鉄道品川線が品川~赤羽間で開業した1885年当時、池袋に駅は設置されなかった。その後、品川線を分岐させた豊島線が田端に向けて敷設されることで現在の山手線が形作られていくわけだが、当初は池袋の手前にある目白駅から分岐する計画だったという。

だがここで難題が浮上した。ルート上に巣鴨監獄があったのだ。曲折の末、監獄を避けて池袋に駅を置くルートに変更となった。巣鴨監獄がなかったら、繁華街の勢力図は大きく変わっていたのかもしれない。

東京在住なら知らない人はない山手線。誰もが知る路線にも、知られざる物語が眠っている。

(生活情報部 河尻定)